第7話 帰宅と苦悩


「佐田さん......ありますか」



 んん......なんだ......。



「佐田さん! 意識はありますか!」


「っ.......うわぁっ!」



 俺は発作的に目を覚ましその場に飛び起きる。

 辺りを見回すと警察官数人が心配そうに声をかけた━━。



「大丈夫ですか!? 怪我はありませんか!?」


「え? あぁはい......大丈夫です......」



 刺された場所に手をやるとやはり傷口もあんなに出ていた筈の血も、その痕跡すら全くなかった。



「よかった。ここで通り魔にあったと女性から通報があってね、その時助けてくれたのが貴方だと報告を受けたんだ.....。とにかく無事でよかったよ」


「はい、おかげさまで」



 柳沢○吾みたいな警察官はほっと胸を撫で下ろし無線で誰かに連絡していた━━。



「じゃあ悪いんだけど署で調書を受けてもらって良いかな? 移動する間に君から親御さんに連絡しておいて欲しい」



 俺はパトカーに乗せられそのまま署へ向かった━━。



*      *      *



「この度はうちの子がお騒がせしましたぁぁ! ほら悠月もさっさと頭を下げなさい!」


「ちょっ! なんで俺が......!」



 俺の母親佐田玲奈さたれいなは俺の頭を掴んで無理やり下げさせる。

 ウチの母親は近所でも評判の美人らしく30代後半にはとても見えない程の外見とのことだが......俺から見ればこの通り強引で口うるさくてヤンキーみたいな唯のオカンだ━━。



「お母さん、頭を上げてください。お子さんは勇気ある行動で女性を通り魔から守ったんですよ」


「えゅ!? う、ウチの悠月がですかっ!?」


「ええ、その通りです」


 オカン、驚きすぎてリアクション噛んでるよ.....。



「悠月が通り魔に『あばよ!』とか言ったんですか!?」


「......お母様。そんなに私が柳沢慎吾に似てますか?」


「あ、すみません。ちょっと頭がワニワニパニックしちゃって」


「......。まぁお子さんのおかげで通り魔も無事に捕まりましたし大活躍ですよ。まあその通り魔は何故か貧血で倒れていましたが━━」



 それはおそらくミラさんが血を吸ったのであろう、抜け目がないな━━。



「そうですか、とりあえず息子が迷惑をかけないで何よりでした。全く、体も強くないのにそんな無茶して......連絡も寄越さないで心配したんだからね!」


「まあまあ、そう怒らないであげてください。それと現場に落ちてたメガネは君のだよね?」


「ああ......はい」



 そうだ......何か違和感があると思ったらメガネが無かったんだ。

 でも何故か今裸眼でも全く問題ないし、むしろ見えすぎて少し気持ち悪いくらいだし、今なら一キロ先のライオンの姿まで見えそうなほどハッキリ見える......。



 俺は警察官からメガネを受け取ろうとするが━━。



 バキィッ━━!



「あっ!」



 軽く握ったつもりがメガネをバキバキに壊してしまった。



「はは.....少し力みすぎだよ」


「すみません慎吾さん。僕も頭がワニワニパニックしてまして......」


「おまえら親子揃ってなんなんだよ。まぁ新しいの買ってもらうんだね、では本日はありがとうございました」



 俺と母さんは警察官に見送られながら警察署を後にした━━。



*      *      *



 家のベッドで横になり、今日起きた出来事を全て思い出す。

 通り魔に遭ったこと、その所為で死にかけた挙句ヴァンパイアになったこと......そして結愛が桜庭と浮気していたこと━━。



「どれもこれも現実か......」



 ふとスマホの通知を見ると結愛からの着信とLIZEの通知がさっき見た時よりさらに増えていた。

 


「こいつ......一体どんな神経で俺にLIZEを送ってるんだ? くそったれが!」



 ムカムカが再び襲ってくることにすらイラついた俺はスマホを投げる。

 しかし勢い余ったのかスマホはまるで手裏剣のようにクルクルとすっ飛び、大きい音と共に部屋の壁へと突き刺さった━━。



「やべっ......! やっちまった.....」



 そう思ったのも束の間、音を察した母さんが碌にノックもせず部屋に入ってきた━━。



「ちょっと悠月どうしたの!?」


「ちょっ! 勝手に部屋に入るなよっ!」



 オカンはショートパンツとゆったりしたTシャツのパジャマを着て俺に文句をぶつける。

 たが俺はそんな若い女のパジャマみたいな服装よりも自分の中に起きた異変に集中することに精一杯だった。


 おかしい......オカンの首筋から微かに鼓動するあの血管から目を離せない━━。


 いやダメだダメだっ! 俺は果てしない大馬鹿野郎か!? 自分を育てた母親をそんな風に見てどうすんだ!?



「悠月......アンタ大丈夫?」



 ドクンッ......ドクンッ......。



 今度は耳がおかしい......離れているはず母さんから心臓の音がまるで耳を胸にギュッと押し当てたように聞こえる。

 そして初めて聞く音のはずなのに本能でなんとなく分かる......この心拍はおそらく何かに興奮している時の速さだ。



「ごめん......今は1人にして」


「うん......良いの。今日は色々あっただろうから早く寝なさいね」



 母さんはろくに壁の傷も見ずに俺の部屋から出て行った。



「はぁ......まさか母親をエサとして見てしまう日が来るなんて。今のままじゃミラさんの言う通り誰ふり構わず血を欲しがるただの変態だ......」



 俺は結愛の事や、生き返らせてもらったとはいえ今のところデメリットしかない自分自身の身体に絶望しながら目を閉じて意識を手放すと、久々に懐かしい夢を見た━━。


 それは俺が何故か小学生の姿なっていて中学2年生の時までウチで飼っていた三毛猫が俺に擦り寄り、それを隣に居る結愛が当時の見た目で猫を撫でながら俺に微笑んでいる。


 この時は平和だったなぁ......結愛を交えて毎日愛猫と遊んだり、母さんが買ってきたペットカメラの録画映像を結愛と見て猫の行動に笑ったり何でもない毎日が本当に幸せだった。


 だけど今はもう違う。その愛猫も結愛も......俺の側には誰も居ない━━。

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