第5話 通り魔


 まさか本当に結愛が浮気していたなんて.......しかもあの桜庭と......!



「なんで......なんでだよ......!」


 

 アイツらが店に入ってから数十分経ったが、目撃したショックでいまだに足が震えてる......。

 結愛は俺に嘘をついてまで推しと会ってキスまでしていた......それに桜庭の言い慣れた"結愛"の呼び方は間違いなく何度も親しい仲になっている証拠だ。


 俺は何度も撮影していた動画を見返す......心では嘘だと思いたい、しかし真実は残酷でスマホにはヤツらのキスシーンと音声がバッチリ記録されていた━━。



「ははっ.......結愛にとっての俺って一体なんだったんだろうな......。ずっと俺のことをあんな風に見てたなんてさ......」



 ただの幼馴染からやっと恋人になれた結愛との関係がたった数ヶ月前に突如現れた結愛の"推し"と言う存在に最も容易く一瞬にして覆された。

 覆されるだけならまだ良い......結愛は俺に嘘まで吐いて二人の記念日である今日でさえヤツを優先して密会していたんだ......そんな情けない話があるかよ......!



「ちくしょう.......!」



 俺はポケットに入れた結愛へのプレゼントを握りつぶし、怒りと憎しみで発狂しそうになる心をなんとか押さえつけながら近くのベンチに座る━━。


 今更ながら俺と結愛の関係は両家公認だ。

 特に結愛の両親は俺のことを大層気に入ってくれていて、以前付き合うことを報告したら結婚前提の話を向こうからされる程だ。

 その時の結愛は恥ずかしそうに『まだ気が早いよ』とか言っていたっけ......。

 そんなに喜んでくれた結愛の両親に今後俺はどんな顔で接したら良いんだ? これからの関係が気まずくてとても言う勇気が無い......それほどまで結愛と俺は深い関係だったんだ━━!



「何でだよ......何で浮気された方の俺がこんなに悩まなきゃいけないんだよ......!」



 浮気したアイツらが圧倒的に悪いはずなのに何故か俺が結愛の両親に罪悪感を持ってしまう......。


 俺は鉛のように重たくなった体をなんとか持ち上げ、行くアテもないまま涙で滲む街の中をトボトボ歩き出した━━。



*      *      *




 どれくらい歩いたのだろう......気がつけば全く知らない路地裏に俺は辿り着いていた━━。


 ふとポッケにしまったスマホを見ると夜の11時をとうにまわっており、スマホには結愛と親から何件ものLIZEの通知と着信が入っていた。


 結愛の通知をプレビューで見てみると最初は友達と遊んで帰ってきたという報告だったが、時間を追うごとに何を勘違いしているのか『なんで家にいないの?』や『今どこにいるの?』『今日のこと怒ってる?』『今日はほんとにごめん! お願いだから電話に出て!』『会いたいよ』など謎の必死さが伝わる文に変わっていた。

 だがそのいかにも俺を心配している風を装いながら自分の嘘を上塗りする内容に俺は余計スマホを投げ捨てたくなり、親の着信を含めて完全に無視した━━。



「はぁ......」



 俺はその場にへたり込み建物の隙間から月が照らす夜空を見上げる。

 知らない街のよくわからない場所で俺は一人ため息をつきながら目から涙が溢れるのを必死に堪える。

 最愛の彼女を自分よりも全てにおいて優れている人間に奪われたのいうなんとも言えない惨めな気持ちと敗北感、考えれば考える程この世から消えてしまいたいというダメな思考が何度も頭をよぎる━━。



「このまま帰りたくないな......」



 いや、ダメだダメだ......このまま死んだらただのメンヘラちゃんじゃねーか!

 それにアイツらに完全に白旗をあげたことになっちまう......!


 俺は最悪の考えを少しでも振り払おうと再び先の見えない路地裏の奥へと歩き出す......すると何やら男女が争っているような声が聞こえ、俺は足音を立てないようにそーっと近づいた━━。



「へへ......良いじゃねぇか、俺とこれから楽しもうぜ?」


「嫌です! お願い離してっ!」



 路地に置かれたゴミ箱に咄嗟に隠れて見ているとガタイの良い男が綺麗なお姉さんに壁ドンしながら迫っている。

 それに対しお姉さんは涙声になりながら必死に逃げようとしていた。



「いいから大人しくしろよ......? でないとその綺麗な体が傷だらけになるぞ!」


「キャーッ!」



 男は我慢できなくなったのかお姉さんの上着を引っ張って破り、下着を腕で隠そうとするその腕を思いっきり掴む━━。



「いいからコッチに来い!」


「イヤッ! 離してっ! 誰か助けてぇぇっ!」



 誰かに必死に助けを求めるが俺以外誰もいない......そのことが俺に変な勇気と正義感を与えた。

 

 どうせ俺は恋人に裏切られて死を考えた哀れな男だ。

 だったらボコボコになっても良い......こんなダメな俺でもせめてあの人くらい救って少しでも俺の人生に意味があったと思いたい......!



「うおぉぉぉぉっ!」



 ドスッ━━!



「ぐっ.....!」



 気が付けば俺はその暴漢にタックルをしていた━━。



「ってぇ......! このクソガキぃぃっ! テメェ何しやがるっ!」


 

 俺はタックルに倒れて立ち上がった男をよそにお姉さんを自分の後ろにやって牽制する。

 ただタックルをした衝撃で掛けていたメガネがどこかにすっ飛び、視界が普段より悪くなってしまった━━。


 くそっ......! もうこうなったらヤケクソだ! こいつに言いたいこと言ってお姉さんを逃してやる!



「うるせぇジジイ! それ以上薄汚い体を近づけるな! アンタとこのお姉さんじゃまるで釣り合わんぞ? どう見ても美女と深海魚だ!」


「なんだとっ! このガキぶっ殺してやる!」


「うるせぇ! おねぇさん今のうちに逃げて!」


「う、うんありがとう! 必ず警察呼ぶからねっ!」



 お姉さんは服を押さえながら足早にその場を去った。



「ちっ! どうせ警察に捕まるなら......!」



 男はナイフを取り出し俺にちらつかせる━━。

 

 今日の俺はとことんついてないな......。



「おいおい、高校生相手にナイフかよ......そういうのは桃の皮を剥く時以外はしまっておくんだな」



 正直こんなことを言ってはいるが、実際にナイフを出された衝撃とゴリラのマジな殺気に俺はその場から動く事が出来ない......。

 


「バカにしやがって......テメェに大人の怖さを教えてやるよクソガキ。死ねぇぇっ!」



 動けない俺に暴漢は容赦無く襲いかかる━━。



 ザクッ......!



「っ......!」



 変な衝撃を腹に受けたと同時に何かで引き裂かれたような激痛と、燃えるような熱さが全身を襲う......。

 ふと腹に目をやると抜かれたナイフからびゅっと血が出たと思った瞬間、みるみる赤いシミが服に広がり俺はその場に膝をついて倒れた。



「く......そ......」


「ちっ.....! じゃあなクソガキ」



 男は舌打ちをしてその場から逃走したので追いかけようとするが、出血と痛みによって視界が強烈に歪み俺は全く立ち上がることができず死を本能的に悟った━━。



「ま......てよ......!」



 怖い.....死にたくない.....。

 さっきまで死んでも良いと思っていたが、いざ実際その場面になると生きたいと思ってしまう。

 あの時女の人なんか助けなければ良かった、アテもなく歩かなければ良かった、レストランなんて予約しなければ良かった、桜庭なんていなければ良かった、結愛と付き合わなければ良かった......








 結愛となんか出会わなければ良かった......。



 俺はそこから立ち上がることすらできず無様に倒れ、助けなんか来ないまま意識を失った━━。

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