第4話 最悪の光景


 駅に到着し、街灯に照らされたロータリーを一人トボトボと歩いていると、遠くの方に見覚えのある人物が俺の目に入った━━。



「あれは......結愛か!?」



 俺が見た結愛はグレンチェックのフレアワンピースを着こなし、新体操によって鍛え上げられた結愛特有のスタイルの良さが際立つ出立ちで化粧もいつもよりばっちり決めている様子だった。

 そしてスマホと周囲を交互に見返しながらキョロキョロとしている。



「あいつ......誰か待っているのか......?」



 なんだか物凄い嫌な予感を感じた俺の手や背中には冷や汗のようなものが噴き出る。

 結愛に俺がここにいることをバレてはいけないと本能的に察した俺は、近くの街路樹に身を潜めて結愛を影から見守る。

 俺の変な行動に周りの通行人にジロジロ見られたりヒソヒソされる事もあったが、今はそんな事気にしてられない━━。



「結愛が浮気だなんてそんなことするわけ......でも......」



 最近の結愛の行動えを考えれば怪しい点はいくらでもある。

 でも心の奥では結愛は絶対に浮気をしていないと信じたい......だからこんな探偵みたいなことをするのは今回だけだ。もし何もなければ、本当に『サクラ』という女友達であればこんな事はもうやめよう.......。


 結愛を疑いの目で見たくないし、愛する人を嫉妬とヤキモチの目で見続ける情けない男になりたくない。




 だが糸のように細くなる俺の期待とは裏腹に、尾行の成果は最悪の形で現れた━━。



「あっ、こっちだよー!」



 バチバチにキメた結愛が嬉しそうに手をヒラヒラと振った目線の先にいたのは......









「待たせたな......あの彼氏は大丈夫?」


「大丈夫だよ、上手く誤魔化したから。そっちはもうお仕事終わった?」


「ああ、歌のレコーディングは終わったよ。じゃあ行こっか」



 サングラスを掛けて変装しているイケメン転校生......桜庭比呂であった━━。



*      *      *



 俺は悔しさから思わず拳を握る.......。



 結愛は俺との約束をドタキャンして桜庭アイツと会う約束をしていたんだ......。

 もう間違いない、『サクラ』とは桜庭のアダ名で結愛は俺が何も言わないのを良いことに水面下でアイツとやりとりをしていたんだな━━!

 


「なんなんだよアイツら......!」



 二人揃って人のことを馬鹿にしやがって......!



 アイツらに飛びかかって真実を晒したいが、今アクションを起こせばただの友達だのなんだのと確実に丸め込まれるだろう。

 俺は一応証拠を掴むため結愛と桜庭が会っている動画を撮影しつつ、なるべく声が聞こえる位置に移動をする━━。


 時折通行人の声やノイズが入ってくるが、奴らが立っている場所の死角にあった椅子に座り撮影を続けるとなんとか声が聴き取れた。



「しかし君から誘うなんてびっくりだよ、結愛にはあの冴えない彼氏が居るんじゃなかったか? それが彼氏とのデートをドタキャンして俺と一緒に居たいだなんてさ......。しかしまぁヤツの気持ちを考えると笑えてくるな」


「その話は今はいーの、いくら私の大切なゆずであっても推しのアナタの前じゃ霞む存在なんだから。それにゆずは犬みたいに忠実だから絶対に私を疑わない......だから大丈夫」


「ぷぷっ......アイツハチ公かよ!」


「ハチ公とかヒロ君ギャグセン高いって! でも間違ってないかも。私の言うことは絶対守るし、ゆずは浮気とかしない......っていうか私一筋だからできないし」



 結愛はまるでその男が我が物であるかのように密着しながら歩き、俺に関する話をさっさと切り上げようとしていた━━。


 忠犬とは俺もコケにされたもんだな......確かに今まで結愛に疑いを持ったことはなかったし、アイツの言うことはなるべく叶えてきた。

 怒ることも滅多になかったし体調のすぐれない時だって支えて、愚痴を聞く相手にもなってきた......でもそれがまさかこんな仇として返されるなんて......。



「ふっ......しかし彼氏からは随分信頼されてるんだな」


「まあね、幼馴染ずっと長かったし.......でもそのせいでトキメキとかあんま無いんだよねぇ。居て当たり前っていうか空気みたいな存在って感じ?」


「ふーん......さてそろそろ行くか。世間の奴らにバレないように変装してるとはいえ、ずっとここに居ると注目されちまう。俺が目立つのは確かなんだから」


「わかってるって。私も知ってる人にバレたらまずいし......」



 ふーん、悪いことをしているっていう自覚はあるようだな━━。



「隠し事はお互い様って事だな。にしてもさぁ、こんなに可愛い顔した結愛ゆあにキスしただけとは......彼氏も奥手っつーか情けない男だよな。俺たちがこうして何度も会ってることを疑いもしないしマジでダサすぎる」


「もー、ゆずの話はいいって言ってるじゃん。今日ヒロくんの話をアイツにしたら逆ギレしてきて私イライラしてるんだから」


「へいへい、分かったからそう怒るなって......な?」



 サングラスを掛けた桜庭はそう言うと俺の彼女であるはずの結愛に顔を近づけて......



「これで許してくれよ━━」



 軽い口づけを交わした━━。



「っ! びっくりしたじゃんもぉ! そんなに溜まってるなら続きはココでやろっ?」



 俺の大切な存在であった結愛は俺が今まで見た事ない程恍惚とした表情で顔を赤らめさせ、まるで熱々のカップルの雰囲気でその男の腕を自ら引き寄せてカラオケ屋の前に立つ.......。



「いやいや、俺今日レコーディングしたばっかなんだけど?」


「良いじゃん......今は私にだけ歌を聞かせてよ。それに歌うだけがカラオケじゃないでしょ?」


「分かったよ......結愛だけは特別な?」


「んっ......」



 今度はさっきの軽いキスとは違い、2人はその場で数十秒間濃厚なキスを始めた。



 俺はその光景に怒りを通り越して乾いた笑いが込み上げる━━。



「はは......今日は記念日だぜ......? なんなんだよコレ......」



 俺は今だに信じられず呆然と立ちすくみ、そんな俺とは対照的にヤツらは意気揚々とカラオケ店に入っていった━━。

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