第3話 ドタキャン


 結愛が言った『自慢の彼氏』という言葉に安心していたのも束の間、あの日の移動教室から結愛の様子が少しおかしくなってきた━━。

 

 アイツが転校してきて数ヶ月が過ぎ、最近は一緒に帰ろうと誘っても『用事がある』や『ちょっと他の友達と遊んでから帰る』、『部活忙しくなってきたから先帰ってて良いよ』など断られる事も段々と多くなった。

 そして一緒に帰って家で遊んだ日も蓋を開ければ推しの桜庭の話を延々と俺に力説し、今度収録に誘って貰ったなど親交の深さを思わせる話も増えて正直うんざりし始めていた。


 そんなある日の放課後、俺の部屋でちょっとした事件が起きた━━。



 俺は結愛を部屋に呼び出し、付き合って一年となる明日の話をしたかったのだが......。



「なぁ結愛、明日一応レストラン予約してあって」


「うんうん、それでヒロ君がさぁ━━」



 最早結愛の頭の中はアイツ桜庭のことでいっぱいのようで記念日のことなんかどうでも良いようなリアクションをされてしまった。

 その反応に正直俺は少し冷めてしまい、スマホを見て予約した店をキャンセルしようか考えていたが━━。



「ねぇ、聞いてるゆず?」


「ああ......聞いてるよ。櫻井◯宏がどうしたって?」


「それ声優さんじゃん、そうじゃなくて桜庭比呂君のことだよ。彼が昨日配信で学校のこと言ってたんだぁ......今すごい仲良くしてくれてる友達がいて、その子のおかげで楽しい学校生活を送れてるって」


「ふーん」



 その話は確実に結愛の事だな......世界に配信する番組でもアイツはそんなこと言ってるのか。



「私もそれ聞いて嬉しくなってさぁ、推しと同じ学校ってだけじゃなくて学校生活も支えてるって担当冥利に尽きるよね」


「ああ、そうだね」


「ゆず......なんか怒ってる?」


 結愛は不思議そうに首を傾げる━━。



「は?」



 俺からしたら逆に首を傾げたい......いくら”推し”という自分の趣味であり好きな話をしているとはいえ、今やそいつはクラスメイトだ。憧れというフィルターから一歩踏み出したその異質な存在の自慢話をされても俺は応援するどころかデリカシーの無さを結愛に対して感じてしまう。



「別に怒ってないよ。たださ、こういう事あんまり言いたく無いんだけど、俺の前であんまり桜庭の話はしないでほしいかな......」


「なんで? ただの推しだよ?」


「それは分かってる......でも同時にクラスメイトでもあるんだ。そのクラスメイトがどれだけ凄いかを自分の彼女に力説されても、正直俺はどうリアクションして良いかわからないんだよ。言葉で誤魔化して推しと好きを混合するな」



 これだけ言えばいつもの結愛なら分かってくれるだろう......そう思っていたが俺に対する結愛の返事は予想外のものだった━━。



「はぁ、あのさぁ......こう言っちゃ悪いけど










 最近のゆずってなんかノリ悪くない?」


「......は?」



 結愛は一体何を言ってるんだ?

 突拍子もなさすぎて俺は思わず思考が硬直してしまう......。



「ノリ悪いって......それどう言う意味だよ?」


「いや別に。ただゆずって客観的に見てパッとしない所があるからそこは推しを見習ってほしいなって思って」



 ブーッ......ブーッ......。



「ん? 誰だろ?」



 すると結愛のスマホが鳴り響きふと目をやるとLIZE通知の名前に『サクラ』と記載されており、結愛はその画面を俺から隠すように素早くスマホの画面をオフにした。


 サクラって一体誰だ......?



「.......悪かったなパッとしない陰キャで。今度園芸部に頼んで顔面に綺麗な花でも植えてもらうわ」


「ごめんそう言う意味じゃなくて......もうヒロ君の話はやめるね。あと友達から今会いたいって連絡来たから今日は帰るよ」


「はっ? いやいやちょっと待っ━━」


「安心して、ただの友達だから。じゃあまた明日ね......大好きだよ」



 結愛は俺の頬にキスをして俺の部屋を後にした。



「そういう問題じゃないよ結愛、明日は俺たち一年の記━━」


「お邪魔しました」



 バタンッ......。



「記念日なんだぞ.......!」


 

 俺は自分の部屋に1人ぽつんと座り、悲しみを振り切るように今までの結愛との思い出を思い出していた。しかし何度思い出そうとしても浮かんでくるのは、さっき見せた俺に対する軽蔑を込めた眼差しだけだった......。



「くそっ.......」



 気になる......『サクラ』と言う名前の通知を見た瞬間の笑顔が。

 やっつけのようにキスをして俺の部屋を嬉々として出ていったアイツが━━。



「まさか......浮気してるのか......?」



*      *      *



 翌日の放課後━━。



 今日は俺たちが付き合って一年の記念日だ。

 前々からこの日を祝おうってお互い話し合って色々予定を詰めていた......だからもしこの日を断られたら疑惑はさらに深まる気がする━━。



「なぁ結愛、前々から話してたけど今日は━━」


「ごめーん! 今日はどうしても外せない用があるんだ......家に帰ってきたらLIZEするから許して」



 両手をパチンと合わせて半笑いで謝る結愛の表情には俺たちの記念日なんかどこかにすっ飛んでいるように見えて俺は怒りが湧いた。

 

 記念日をドタキャンしてまで外せない用事ってなんなんだよ......!



「いやいやちょっと待てよ! 前にも言った通りもう店の予約をしてあるんだぞ? この段階でそれを言われても」


「本当ごめん......それキャンセルできないかな?」


「は? いや無理だよ......? キャンセル料だって払わないといけないし」


「えー......じゃあ次の日とかは?」



 もうだめだ......俺が相手だから少し謝れば許してもらえると思っているその態度に腹が立ってくる。

 これ以上聞いてると結愛を怒鳴ってしまいそうだ━━。



「わかった......もう良いよお疲れさん」


「あ、ちょっと待っ━━」



 最後の希望を儚くも残酷に砕かれた俺は学校を後にした━━。



「とりあえず、レストランにお詫びをしに行こう......」



 俺との記念日より誰かと過ごす方が今の結愛にとっては大事なんだ......分かってはいたがいざ改めて思い知らされると結構きついな......。



 俺は空っぽになった胸を引きずりながら予約したレストランへと向かった━━。 



*      *      *



「すみません、本日二名で予約した佐田ですけど」


「佐田様......ですね、ようこそいらっしゃいました」



 受付のお姉さんは優しい声と上品な笑顔で俺に挨拶をしてくれた。

 いつもなら喜んで受け答えをするが、今から言う言葉がその笑顔を見て尚のこと心を辛くさせる━━。



「すみません......言いづらいんですが今日の予約をキャンセルすることは可能でしょうか?」



 俺の問い合わせにお姉さんは何かを察したのか若干笑顔が引き攣る━━。



「かしこまりました。誠に申し上げ辛いのですが当日のキャンセルですとキャンセル料が100%かかってしまいます......申し訳ございません」



 そうか.....当日だとそうなるよなぁ......。

 仕方ないことだけどなんでドタキャンした結愛の分まで俺が払わなきゃいけないんだよ......。


 まぁ今考えても仕方ない......どうせ金を払うのは変わらないし俺の分だけでも食べて帰ろう━━。



「わかりました......。では一名だけキャンセルして僕一人で食べて帰ります」



 せっかく電車を乗り継いでこんな高い店に来たんだ......キャンセル料を全額払うくらいなら俺の分くらいは浮かせてやる━━!



「承知致しました、では案内いたします」



 案内された席に座ると周りはスーツを着た男性やオシャレに着飾った女性、いかにもお金持ちそうな人や上品な人ばかりで私服の高校生がポツンと座るのは完全に場違いな雰囲気だった。

 そんな状況でもお構いなく料理は次々に運ばれ、その度口にするが結愛にドタキャンされた事や浮気の事、二人掛けのテーブルに一人で座る高校生への周りの視線が痛く感じ料理がいくら豪華で美味しくてもそれをマトモに味わうことができなかった━━。



「惨めだなぁ......俺......」



 最後に出たデザートのバニラアイスですらろくに味わえず冷たさしか感じることができなかった俺は急足でテーブルを後にし、必死に貯めたお小遣いで自分の料金とキャンセル料を払って店を後にした━━。







「みーつけた......」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る