第2話 悪夢の転校生


 あの日の告白から俺と結愛は正式に付き合いだした━━。


 しかし長年の幼馴染という関係が足枷となってしまい、キスから先に進展することが中々出来なかった。

 しかしそうは言っても付き合ってからの記念日にはお揃いのアクセサリーを買ったり、電車で繁華街までデートしたり誕生日はお祝いをしたりなどそれなりのイベントは過ごしてきた。


 そして夏を終え俺が所属してたサッカーと結愛が所属してた新体操の中体連が終わり、俺達は本格的に受験に向けて勉強して一緒の高校に入学した。


 幸いにも結愛とは同じクラスになり朝は家の前で待ち合わせして学校に向かい、終わったら一緒に帰るという生活を送っていた。

 そしてそんな生活を送ってると自然と俺たちが付き合っているという認識が中学時代を知らない人間達にも広まる。


 ただそれは良いことばかりではなく、高校に入ってからもその優れたルックスと持ち前の明るい性格で新体操でも注目されている人気者の結愛が、帰宅部で冴えない顔してメガネをかけた俺と何故付き合っているのかという話も広がり始めた。



「ねえねえ、結愛ってホントに佐田と付き合ってるの?」


「うん、そうだけどなんで?」


「だってほら......結愛は可愛いし文武両道の人気者だけど佐田はどっちかって言うとさ......。だからなんか釣り合ってない気がして」


「そんな事ないよ? ゆずには良い所もいっぱいあるし」


「そう? 私から見れば月とスッポンくらい違うけど。やっぱ幼馴染補正でも掛かってるんじゃない? なーんて」



 てな感じで周りは言いたい放題だ。

 流石に悔しくなった俺は結愛に相応しい人間になるため自分を奮い立たせて勉強やスポーツに打ち込み続けたがそう簡単に凄い結果など出せるわけもなく、モヤモヤする日々を送り続けた。


 そんな中、ある1人の転校生がクラスにやってきた━━。



「皆さん初めまして、桜庭比呂サクラバヒロです。よろしくお願いします!」



 男が挨拶で顔を上げた途端、クラス中から黄色い歓声が轟音のように響き渡る。

 果てしなく整った顔にすらっとした高身長の脚長スタイル......俺はその男の人を何度か見た事がある━━。



「はいみんな静かに! 彼は皆さんご存知の通り”有名な”方だけど同じように接してあげて下さい。ただ写真とかは勝手に撮ってSNSに上げないように!」


「嘘......」



 俺は結愛のリアクションを見て確信する。

 やはり間違いない......この人は結愛の”推し”だ━━。



*      *      *



 以前結愛の部屋で遊んだ時に部屋の壁にイケメンのポスターが貼られていて、結愛にそのポスターの男を聞くと今俺ら世代の間で人気になりつつある高校生アイドルグループ『インキューブ』のリーダー桜庭比呂という事を教えてもらった。

 結愛は中学の時からそのアイドルを推していて、俺にそのグループと桜庭がいかに凄いかを4、5時間くらい力説されたこともある.......。


 俺がそんなことを思い出してふと我に返るとクラスの女子達のヒソヒソとした話し声が耳に入ってくる。

 そのどれもが桜庭比呂に対する評価でどの声も『超絶イケメン』や『他の男子とは比較にならない』『この人に勝てるのは2年の亜依羅先輩くらい』などルックスを崇めるものだった。


 まぁ確かに転校生は今をときめくスターだもんな......有名人の超絶イケメンがクラスの一員となれば誰だって騒ぎたくもなる。

 多分この状況に複雑な心境なやつは多分このクラスの中で俺1人だろう......なんせ愛する恋人が推している男が今目の前にいるのだから━━。


 俺は心配な想いを胸に隣の席に座っている結愛の方を見ると、結愛はまるでメデューサに全身を石にされたように固まっていた。



「結愛......? おーい結愛?」


「へっ!? ん!? ど、どうしたの?」



 結愛は俺の呼びかけに一瞬で石化を解除して俺に微笑む......だがその笑みは少しぎこちなく見えた。



「あの転校生ってさ、確か結愛が推してた━━」


「そ、そうそうヒロくんだよ。でもビックリだよねぇ、まさか大人気のアイドルがウチの高校に転校してくるなんてさ」



 明らかに結愛は動揺している。

 まぁ確かに俺も好きなアイドルが転校してきたら衝撃でそれなりの動揺をすると思う......俺にはそんなの居たことは無いが━━。

 今までそのアイドルのことを力説されても、結愛がそいつのライブに行ってグッズを部屋に大量に飾っていても嫉妬とかヤキモチを妬くことなんて一度もなかったが、流石に転校生としていつも近くに居る存在になったら嫉妬はなくても多少の不安はある。


 俺はそれをなんとか顔に出さないようにしていたが神様というのはなんとも残酷なもので、あろう事かそいつの席は結愛の隣になった━━。



「やぁ、これからよろしく。名前はなんていうの?」


「野上結愛だよっ」


「結愛ちゃんかぁ......よろしく。君結構かわいいね」


「あ、ありがとう」



 初対面の人間に慣れているのかそいつは結愛に早速名前を聞いて甘い言葉をかける。

 それに対して結愛はぎこちない笑顔で答えるが俺にはわかる......この声のうわずみ方は俺があの人告白した時と同じだ━━。



「そっちの君はなんて言うの?」



 俺が結愛のことを考えているとその転校生は突然俺に話しかけてきた。



「あ......ああ、俺の名前は佐田悠月だよ」


「ふーん。そんなことより結愛ちゃん、僕教科書忘れたんだけど見せて貰っても良い?」


「え!? う、うん! いいよっ!」


 

 結愛は今にも椅子からぶっ飛んでいきそうなほどのハイテンションで机の中をガサゴソと探す━━。


 結愛ってこんなに焦るんだな......でもそれより桜庭が俺に対して取ってつけたような挨拶と、俺を冷たい目で見ていたその顔が気になって仕方なかった━━。



「はい。じ、じゃあ一緒にみよっか.......」


「うん! ありがとね結愛ちゃん」



 桜庭と結愛の距離がまるで恋人のように近い光景を俺はただ隣で呆然と見ることしかできなかった━━。



*      *      *



 桜庭比呂が転入してから一ヶ月が経過した。

 桜庭は芸能人だからなのか学校には来たり来なかったりしていたが登校してくる日は必ずといっていい程人集りが出来るくらい人気者だった。そして必ずと言って良いほど結愛に絡んでいた......。



 それは今日も━━。



「結愛、次移動教室だから一緒に行こうか」


「うん、持ってくものは確か演習ノートと他に......」


「ゆーあちゃんっ、僕と一緒に行こうよ」


「っ!」



 突如として桜庭が俺と結愛の会話に入ってくる━━。



「僕今日は仕事がなくて1日学校に居るからさぁ、結愛ちゃんとじっくり話したいんだよ。ね? 一緒に行っても良いでしょ?」


「いやちょっと待」


「......なんだ?」



 俺が桜庭の無理やりな誘いに待ったを掛けようとすると桜庭は一瞬だけ冷たい目で俺を見つめる━━。



「君は......確か結愛ちゃんの幼馴染だっけ? それならいつも一緒に居れるんだから僕に少しだけ話す時間くれても良いじゃん? そんな意地悪せずに仲良くさせてよ」


「いや、意地悪なんて俺はそんなつもりじゃ......」


「じゃあ良いじゃん。結愛ちゃんも良いでしょ?」


「う、うん! あの桜庭君が誘ってくれるのはかなり嬉しいかも。ゆず......ごめんね? この埋め合わせは帰ってからするから......ね?」


「あ、ああ......分かった」



 結愛にそう言われると断る事が出来ない。

 結愛にとって桜庭は推しであり憧れの存在......たとえ彼氏という立場でも桜庭と俺の差は歴然としているし、結愛の趣味にいちいち口を出してはいけないと思ってしまう。



「なになに? やっぱ2人って付き合ってるの?」



 桜庭は俺達の普段の行動と今の会話から恋愛関係であることを一瞬で見抜いた━━。



「うん。ゆずとは中学の頃から付き合ってるよ」


「そーなんだ。ま、優しそうな彼氏さんだもんね」


「すごい優しいよゆずは。でもそれだけじゃなくて......私の自慢の彼氏なんだ」



 俺はその言葉にホッとしていた......。

 側から見れば冴えない俺でも、結愛の中では昔からお互いに積み上げてきた何かがあるということを証明してくれたんだ。

 相手が喜ぶことを素直にやり続け、自分を磨いていけば最愛の人は必ず振り向いてくれる━━。



「ふーん、結愛ちゃんは彼の良い面を見てくれる素敵な彼女さんなんだね。やっぱり良い子だよ君は━━」



 俺は見逃さなかった......桜庭の整った顔が酷く歪み、結愛をまるで獲物のように見るその目を━━。

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