校庭のダルマシオン ― 森田 守

 鈴木正人は、母校の校門をくぐった。秋の訪れを感じさせる風が、校庭の広葉樹を揺らし、その葉は鮮やかな紅色に染まっている。花壇にはダルマシオンの花が咲き誇り、その美しさに目を奪われながら、正人は体育館へと足を進めた。彼の心には、恩師である体育教師の森田守の顔が浮かぶ。最近、正人は森田に何度も助けを求めていた。怖いものが苦手にも拘わらず、正人が遭遇する怪奇現象の相談によく乗ってくれていたのだ。


「おう、鈴木!また来たな」森田は笑顔で声をかける。


「森田先生、こんにちは!」正人は極力元気な声を出した。配信者としての経験が、取り繕うことに長けさせていた。


「最近どうだ?オカルトチャンネルは順調か?」森田は尋ねたが、その声にはいつもとは違う不安が感じられた。


「はい、相変わらずやってます。ただ、最近はちょっと怖いことが多くて…この間なんて…」正人は言葉を選びながら続けた。


「わ、怖い話は勘弁してくれ!」森田は手を振り、顔をしかめた。話題を振ったのは彼なのに、おかしな話だ。


 正人は微笑みを浮かべながら、「先生、そんなに怖がらなくても…」と言ったが、森田は心配そうに彼を見つめた。


「いや、なんだ、その…お前、少し痩せた気がするぞ。本当に大丈夫か?」森田の声には、心配の色が濃くなっていた。


 正人はその言葉に少し驚いた。「はい、最近忙しくて…でも、心配しないでください。大丈夫です」


(これはマズイ…さすが先生、よく見てるな…話を変えないと…)


 ふと思い出したのは、森田に贈るために持参したプレゼントだった。以前、森田が腰が悪いと語っていたのを思い出し、木でできたサポーターを作ってきたのだ。「これ、試供品なんですけど、どうですか?腰にいいんですよ。あと、おそらく同じ悩みを抱える人も多いと思いますから、よければ周りにも広めてください。評判が良ければ、ぜひ学校で買ってください!」


 森田はそれを受け取り、じっと見つめた。「まったく商売上手だな、鈴木。ありがとう、試させてもらうよ」


 正人は笑いながら、「これで少しでも楽になればいいですね」と言った。森田は嬉しそうに頷き、二人の間には温かな空気が流れた。


「まったく、以前も言ったかもしれないが、お前の周りには人が集まる。お前を慕ってくれる人をお前が守るんだぞ」森田の言葉は、昔と変わらず温かく、正人の心に響いた。しかし、その言葉が今は深く後悔の念と共に心に突き刺さる。


「はい、森田先生。いつもありがとうございます」正人はかろうじてそれだけを答えた。


「まぁ、なんだ。こうして顔を出してくれるのは嬉しいもんだ。また遊びに来い」森田がポンッと肩に手をかける。その手は以前と変わらずに温かく、正人の頑なさを溶かしてしまいそうだった。


「先生、自分は少し、この街を離れて、遠くへ行く予定です」正人は意を決したように話し出す。


「そうなのか。寂しくなるな。仕事か?」森田は驚いたように尋ねる。


「えーと、はい。まぁそんなところです」正人は歯切れの悪い様子で答えるが、森田は気にしないことにした。


「遠くへ行っても頑張れよ。お前なら、すぐに周りに人が集まってくるはずさ」森田は、離れる理由もいつかちゃんと話してくれるはずだと信じて、激励の言葉をかけた。


 その後、正人は森田と別れ、校門を出た。どう歩いたのかはあまり覚えていない。ふと立ち止まり、心の中に押し寄せる感情を抑えきれず、涙が頬を伝った。誰にも見られない場所で、自分の無力さや、森田の優しさへの感謝が胸に迫り、静かに泣いていた。


「あと、もう少し…」正人は呟き、涙を拭いながら再び歩き出した。

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