色づく楓の小路を歩いて ― 小室山 きん
季節の移り変わりのタイミングは、寒暖差が激しくなる。暖かいときも肌寒いときもあり、体調を崩しやすい。
鈴木正人は、自転車を漕ぎながら、その冷たい空気を肌で感じ、少し前までの暑かった闘いの日々に想いを馳せていた。
ふと顔を上げると、美術館の姿が目に飛び込んできた。数ヶ月前、怪異に襲われた場所でもあり、懐かしさとわずかな不安が交錯する。
そのとき、美術館の扉が静かに開き、中から小室山きんが姿を現した。68歳の彼女は、仕事では厳しい側面を持つ敏腕な実業家だが、オフの時にはおっとりとした雰囲気を醸し出す女性だ。今日は仕事だろうか、館長らしき人と挨拶を交わしていた。
「あら、鈴木さん、こんにちは」きんは正人を見つけ、驚きの表情を見せた。その瞬間、先ほどまでのキビキビした様子とは打って変わり、優しい笑顔が彼女の顔を包み込んだ。
「こんにちは、きんさん。お仕事ですか?」正人は微笑みを返した。
「そうなのよ。以前壊されてしまった部分の支援も兼ねて、ちょっとした用事があってね。鈴木さんはサイクリングかしら?」
「まぁ、そんなところですね」正人は軽く肩をすくめながら答えた。
「よければ少し歩きませんか?」と正人が提案すると、「いいわね」ときんは頷き、二人はゆっくりと歩き出した。
「すっかり季節も秋なのね」きんは色づく木々を眺め、感慨深げに呟いた。
「そうですね。私たちが呪印の怪異と戦うようになってから、もう半年以上が過ぎているんですね」正人は思い出しながら言った。
彼らは数々の怪異を共に退けてきた、言わば仲間のような存在だった。特にきんは、同じタイミングで呪印を受けたため、他人とは思えない深い絆を感じている。
「そういえば、昨日の怪異から深手を負っていたようだけど、もう大丈夫なの?」きんは心配そうに正人を見つめた。
正人はドキリとする。彼女の洞察力はさすがだ。心配させたくない気持ちと、すべてを打ち明けてしまいたい気持ちが揺れ動く。
答えに窮していると、きんの方から優しく促された。「無理はしないでね。私たちはともに戦った仲間なんだから」彼女の真剣な眼差しには、源太という孫を失った痛みが滲んでいるように感じられた。身近な人を失いたくないという気持ちが、彼女の心に深く根を下ろしているのだろう。
正人は彼女の優しさに感謝しつつ、やっとのことで言葉を絞り出した。「ありがとうございます。今は大丈夫です」
正人は、話題を変えるようにおもむろに鞄から何かを取り出した。それは、木でできた扇子だった。自然の木目が美しく、丁寧に彫り込まれた魔よけの紋様が、その表面を優雅に飾っている。
「これ、きんさんにプレゼントしたいんです」正人は微笑みを浮かべながら言った。
きんは驚きの表情を浮かべ、扇子を受け取った。「わぁ、素敵なデザインね!こんなに細かい彫りが入っているなんて」
「魔よけの紋様を彫り込んで、きんさんを守る願いを込めました」正人の言葉には、彼女に末永く元気でいてほしいという思いが込められている。
「ありがとう、鈴木さん。こんなに素敵なものをもらえるなんて、思ってもみなかったわ」きんは目を輝かせながら、扇子をじっと見つめた。
正人は、彼女の笑顔を見て心が温かくなるのを感じた。「この扇子には、私の願いを託しています。どうか、いつまでも元気でいてください」
きんは扇子を大切に胸に抱き寄せると、突然のプレゼントに不安感を覚えた様子で、「ありがとう。鈴木さんも養生して、元気になってね。今度ご馳走するわ」と微笑んだ。
「では、そろそろ行きますね」正人は逃げるように立ち上がった。
「本調子ではないなら、ゆっくり休んでね」きんは心配そうな表情で彼を見つめた。
「最近は寒暖差が激しいですから、きんさんも体調に気をつけてくださいね」その視線を避けるように、ただ、体調を気遣って、言葉を返す。
「ありがとう」
暖かい木漏れ日に、肌寒い秋風が吹き込む。季節は秋に移り変わっている。正人は寂しさを感じながら、ペダルを漕ぎ出した。
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