御神木への祈りと残された時間 ― 里山 由安

 鈴木正人は、かつて呪印にまつわる出来事があった御神木のある神社に足を運んだ。今や「願いが叶う」という噂が広まり、訪れる参拝客は以前の倍以上に膨れ上がっている。その賑わいを、正人は感慨深く眺めていた。彼もまた、他の参拝客と同様に、御神木へ祈りを捧げるのだった。叶わぬ願いだと知りながらも。


 境内には、さまざまな願いが交錯していた。そんな中、ふと背後から声がかけられた。「鈴木さん!」


 驚いて振り向くと、そこには筋肉質な青年が立っていた。見覚えのある三角筋が目に飛び込む。「ひょっとして…由安くん…?昨日ぶりだね」正人は恐る恐る声をかける。


 里山由安。かつて正人が所属していたオカルトサークルに現在所属している大学生であり、正人のYouTubeチャンネルにも度々登場する。だが、彼の顔は普通過ぎるためか、非常に覚えにくく、動画ではテロップなしだと中々認識されず、ある意味ホラーと言われている。また、病床に臥せる元カノのもとへ足しげくお見舞いに通っているという話を耳にする。


「昨日も一緒にいたのに、なんで自信なさそうなんですか?」里山由安は呆れたように眉をひそめた。しかし、ふと何かを思い出したかのように、その表情は次第に不安の色を帯びていった。


 由安の手には、ぎゅっと握られた数多のお守りがあった。正人は直感的に、由安が何かを抱えていることを感じ取った。「由安くん、手の甲はどうなってる?」


 由安は驚いた表情で手を見せた。そこには、鮮血のように赤く染まった呪印があった。「これが…まだ赤いままなんです」


「そうだったのか。実は俺も同じなんだ」正人は自分の手を見せた。二人は言葉を失う。互いの手の甲に刻まれた呪印は、残された時間が僅かであることを示している。


「このままじゃ、どうなるのか…」由安はつぶやいた。恐怖が彼の心を覆い、その場の空気が一層重くなる。


 正人は、未来のあるこの青年を守れなかったことを悔しく思う。それでも、共に戦った仲間には最後の時まで前を向いていてほしい。正人は由安に語りかけた。「俺たちの残りの時間は、もうわずかだ。できることは多くない。それなら、大切に想っている人との時間を取ったらいいんじゃないか?」


 その言葉を聞いた由安は、心の奥で何かが弾けるような感覚を覚えた。


「鈴木先輩、最後までありがとうございました!」


 彼は礼儀正しくお辞儀をし、そして、病院へ走り出す。


 いつの間にか日が傾き、柔らかな光が彼の背中を優しく照らしている。最後まで気持ちのいい人間だ。正人は、その後ろ姿を眩しく見つめていた。


 残された時間が少ないことは、正人にとっても同じだ。彼も次の目的地へ向けて自転車を走らせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る