銀杏並木のカフェ ― 中川 芽衣

 鈴木正人は、自転車を漕ぎながら穏やかな秋の午後を楽しんでいた。温かな日差しが頬を撫で、周囲の木々は色づき始め、落ち葉が舞う中、彼は街の中心へと向かっていた。ふと目に留まったのは、小さなカフェのテラス。そこで懐かしい人物が座っているのを見つけた。


「中川先生!」正人は驚きの声を上げ、彼女の方へ駆け寄った。


 中川芽衣先生。彼が高校生だった頃に教育実習生として来ていた女性だ。今は高校教師として教鞭を振るっているらしい。


「こんにちは、鈴木くん」中川先生は顔を上げ、微笑みながら手を振った。彼女の表情は驚きつつも嬉しそうだった。


「お久しぶりです。こんなところで会うなんて、奇遇ですね」正人は敬意を込めて言った。


「本当ね。最近はどう?」中川先生は興味津々で尋ねた。


「相変わらずですね…」正人は頭をかきながら答えたが、中川先生はその手の甲をまじまじと見つめ、表情を曇らせた。


「鈴木くん、手の甲の呪印…増えているように見えるけれど、大丈夫なの?」中川先生は心配そうに尋ねた。


「はい…少し気にはしていますが、まだ大丈夫だと思います」正人は本心を悟らせないよう気を付けながら、彼女に安心させるように答えた。


「無理はしないでね。源太くんや田中くんのことがあって、もう身近な人を失いたくないの」中川先生は真剣な眼差しで言った。そのまっすぐな瞳に後ろめたい気持ちが湧いてくる。


「はい」正人はそれを答えるだけで精一杯だった。


「中川先生、これ、よかったら」話題を変えるように、正人は持参していた木製の名刺入れを取り出した。「自分で作ったものです。仕事で使えると思って」


 中川先生は驚いた表情でそれを受け取った。「すごい!ありがとう、鈴木くん。大切に使わせてもらうわ」


 正人は彼女の嬉しそうな顔を見て、心が温かくなるのを感じた。


 二人はそのまましばらく話し込んでいたが、正人は道の途中であることを思い出した。「そろそろ行かないと」


「気をつけて、行ってらっしゃい」中川先生の言葉に、正人は頷きながらカフェを後にした。


 久しぶりの再会を嬉しく思いつつも、正人は次の場所へ向けてペダルを漕ぎ出した。秋の訪れを感じる風が頬を撫で、心の中の熱を静かに冷やしていく。次は誰に会えるだろうか。

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