四口目 ましろとこのか
私が抱えた問題は、何一つだって解決してない。
雪女のこと。寿命のこと。
このかちゃんにかける負担のこと。
何も、何一つだって解決なんてしてなくて。
「ね、ましろさん」
「……なに、このかちゃん」
それでも、いつのまにかぎゅっと抱きしめられた私の身体は、もうそう簡単には離してもらえそうになかったから。
泣きつかれて、ぼんやりとしていたのもあるけれど。
私の身体を満たしてたのは、それよりも、諦めのような感覚に近かった。
きっと、この子は私のことを離してくれない。もう、絶対に。
だから、逃げるのは無理。
そんな、諦め。
ちょっと悲しいような、ちょっと不安なような、ちょっと泣いてしまいそうなような。まあ、もうとっくに今夜は枯れ果てるほどに泣いたんだけれど。
諦めて初めて人は幸せになれるんだって、頭のどこかで偉い人が言っていた。
これもそうなのかな、わからないけれど。
「折角だし、一曲、一緒に歌いませんか」
君の言葉に、私は少し考えてから、うんと短く頷いた。
弾く曲は……このかちゃんが来る前に弾こうとしてたやつでいっか。確か、このかちゃんもしってるはずだし。
それから、夜の街で二人。誰も知らないコンサートを開催する。
激しい曲じゃないから、そう消耗することはないと想うけど。
それでも、そう折角だから。
もうやけくそみたいなものなんだし。
どうせなら。
あらん限り、歌おうか。
こんどはちゃんんと聞いてくれる人もいるわけだし。
そっと撫でるように鍵盤に指をかけて、歌い出す。
泣き虫を笑ってと。
強がりは気づいてと。
わがままは許してと。
かじかんだ手と手を繋いで見せてと。
そんな私の恋煩いを。
君と一緒に。
※
真夜中の誰もいない街の中。
私達の声と、ピアノの音だけが流れてく。
あなたは納得してくれたと言うより、ちょっと疲れたような顔。
これは、説得したわけじゃなくて、ただ根負けさせただけなのかもしれない。
わからない、でも、今はそれでもいいよ。
これからゆっくり時間をかけて、いつかあなたが笑って幸せになれるならそれでいい。
風が冷たい中を二人で肩を寄せ合って、口ずさむ。
恋の歌を、愛の歌を。
寂しくていいと。
泣きたくなってもいいと。
その想いがいつか大事な物になるからと。
いつか恋が消えたとしても、それでもまだ隣にいれるかはわからないけど。
それでも、今抱くこの想いが、私にとって、あなたにとって大切なものになればいいと。
二人合わせて声を重ねる。
ゆっくりと違う音程が少しずつ、重なって触れあって、やがて一つの声になる。
そうやって声が重なるその瞬間が、なんでかとっても安心できる。
どうしてだろう。
独りじゃないってわかるからかな。
こんな溢れるほどの人がいる街の中で、それでも。
独りじゃないって知れるだけで。
私達は生きていこうって想えるからかな。
口ずさむ、口ずさむ。
あなたの声と、私の声で。
愛を。
恋を。
想いを。
隣にいる大切な人に伝わる様に。
肩が触れるあなたに語り掛けるかのように。
口ずさむ。
「「 」」
そうしてやがて歌は終わった。
最後に、ピアノの残響が少し響いて。
しんとした風の音が満ちる中、二人揃って肩を寄せ合った。
それからあなたは呟くように、口を開いた。
「…………ねえ、このかちゃん」
「なんですか、ましろさん」
「どうして、ここまでしてくれるの?」
「…………なんででしょうね」
「わかんないのに、命までくれるの? ……変なの」
あなたはちょっと不貞腐れたように口をすぼめる。
「そうですね。でもこうやって、ましろさんの隣にいると―――」
「……隣にいると?」
「私は……私でいていいんだなって想えるんで」
我ながら何を言っているんだろ。
「このかちゃんは、このかちゃんだよ。私が隣にいなくても」
案の定、ましろさんは少しため息をついてそう呟いた。
「そうですね、でも、今はここが一番安心するんで―――」
「…………そっか」
少しだけ目を閉じた。
「ね、ましろさん」
「なあに、このかちゃん」
ふうと少し長く息を吐く。
「ましろさんは、今日、全部終わらせるつもりだったんですよね?」
「………………うん」
それからゆっくりとあなたを見た。もうすっかり涙は乾いたけれど、眼元はまだ赤くはれている。まあ、私も似たようなものだけど。
「じゃあ、どうせ終わらせるなら、私の命の分だけ、あなたの残りの人生を下さい」
私の言葉にあなたは小さくため息をついた。ほんとに仕方ないねっていうみたいに。
「今度はいつまで? 一生とか、ダメだからね」
そうやって言われて、私は思わずくすって笑う。まあ、そうだね、先のことなんて、何十年も先の気持ちなんてわからないし。だからそう。
「とりあえず一か月」
「とりあえず…………?」
「そこから先は……そうですね、私が飽きるまで」
わからないから、わからないまま。
今、隣にいたいと想うから。ただ、今隣にいるための理由を。
こうやって、肩を寄せ合って、手を繋いでいるだけの理由が今あるならそれでいい。今、小さな幸せを噛みしめれるなら、それでいい。
「…………最後にはやっぱり嫌われちゃうんだ」
「さあ、最後まで飽きないかもしれないですよ?」
「…………それはそれで、ダメだから困ってるんじゃん」
ぶつくさと、不貞腐れるあなたに、笑いながらいつも通り声をかける。
「ね、ましろさん」
「…………なあに?」
「愛してます」
そうやって言葉にするのは少しくすぐったいけれど、みるみるうちにあなたの顔が紅く染まっていくのは少し面白い。
いや飽きるかなこれ、最後まで飽きない気もするね。ま、たかはな先生曰く、恋は一過性の病気みたいなものらしいけど、その時は……その時の私がどうにかしていくんだろう。
わからないことは、わからないまま。
「……………………」
「ましろさんは、私のこと好きですか?」
問うてみたあなたの顔は、真っ赤を通り越して、ちょっと怒っててふんふんと手を目一杯何かを堪えるみたいに振っていた。でも、やがてなにか諦めたように口を目一杯大きく開けると。
「――――大好きっ!!!! もう!! わかってるくせに!!!」
そんなお言葉を頂いた。
くすっと笑って、頬をそっとましろさんの頭に寄せる。あなたは最初はびくってしたけれど、やがて観念したように大人しく抱きしめられてくれた。
先のことなんてわからない。
願いの果ても解らない。
この想いがいつ潰えるのか、その先に何があるのかさえ。
私達は何もわからない。
それでも今日、あなたの命を繋げたのなら。
今日、あなたの想いを繋げたのなら。
今、あなたの手を握れたなら。
それでいい。
先のことなど、誰にも分かりはしないから。
だから、今ここにある幸せをちゃんと噛みしめた。
もう独りじゃない、この夜を。ちゃんと。ちゃんと。
「ね、このかちゃん」
「なんですか、ましろさん」
「演奏して、疲れた。身体冷えちゃった」
「あらら、つまりなんですか?」
「……………………」
「言ってくれないとわかんなーいです」
「…………キ」
「………………」
「キ…………キスして?」
「はい――――」
絡めた指の先さえ凍えてしまいそうな夜の中。
もうすっかり冬が顔を見せ始めたそんな頃。
あなたに望まれるままに、その唇にそっと私の唇を重ねてた。
柔らかくて、湿ってて、熱くて、愛おしくて。
まるでそこだけ、熱が灯ったような、その場所を。
私達はそっと重ねて。
寒さとは違う理由で震えるあなたの身体を抱いて。
そこに灯る熱を。
そこに宿る愛を。
そこに込めた想いを。
ただ静かに感じてた。
そうやって、雪女のあなたにキスをした。
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