四口目 このか

 この一か月、私がしたことって何だっけ。


 ましろさんに寝ている間にキスして、起きたらキスの約束取り付けて、デートして。


 一緒にピアノ演奏して、キスをして。


 病院行って、キスをして。


 デート行って、妹さんに会って、キスをした。


 次で約束のキスは最後、今週末のお出かけで約束はいったん終了。


 一か月で堕とすなんて、ましろさんの心を変えるなんて言っては見たものの、手ごたえはよくわからない。


 ああ、でも先週、図らずとも、ましろさんも私のことを憎からず思っていることはわかったかな。それは確かに進歩と言えば、進歩だろうか。


 分かった瞬間は、正直ちょっと我を忘れちゃうくらいに嬉しかったし、信じられなかった。よくよく考えたら、私の方から誰かを振り向かせようとしたことなんて、初めてだったし。


 想いが叶ったのは嬉しくて、あなたの頬が染まるとどうしてか私までドキドキする。


 そして、そんな行いに意味があったのか、結論は多分、今日出るんだろう。


 昨日の連絡で決めたましろさんとの約束は、お昼過ぎから。午前中は何か用事あるそうで、だけれど私の眼は大して意味もないのに明け方には覚めてしまった。


 窓を開けると、もうすっかり冷えた空気が部屋の中をゆっくりと満たしてく。


 あと少ししたら息も白くなるのかな、だってそろそろ冬だもんね。


 ふぅと長めに吐いた息が、細く小さく震えてた。


 胸の奥で心臓も、じんわりと微かな痛みに震えてた。


 ああ、ほんとに今日、どうなるんだろ。


 緊張……っていうのとは、ちょっと違う。


 少しの怖さと。


 少しの期待。


 少しの痛さと。


 少しの寂しさ。


 ただ、何もすることもなく、じっと結末を待っているだけの時間。


 本のエピローグにそっと指を掛けるような。


 何かの終わりを感じる時間。


 そっか、今日、終わるんだね。


 どんな結末が待っていたとしても。


 今日、私たちのたった一か月の約束は終わるんだ。


 そんなことを改めて想った。


 朝焼けで滲む空を眺めてから、そっとゆっくり瞼を閉じる。


 もし結論が出た時に、私は何を想うんだろう。


 もしましろさんが――――その結末を選んだとき。


 私の心はどうなるんだろう。


 わからない。だって私には一年先の気持ちだって分からないし、一か月前に今の気持ちを想像することすらできなかった。


 だから、今日の終わりにどんな気持ちでいるのかすら。


 私にはわからない。


 閉じていた瞼をゆっくりと開けた。朝焼けに紅く染まっていた空が少しずつ広がって、ゆっくりと夜の黒を青色に染めていく。


 それでも今日、確かに答えは出るんだろう。


 長く、長く、身体の息が全部空っぽになるまで朝の冷たさの中に息を吐きだしていく。


 それからぐっと身体を伸ばす。


 さ、シャワーでも浴びよっか。それと髪も整えて、最後のデートだもん、とびっきりお洒落していこう。あの人の好みの私になるように、少しでも思いとどまって貰えるように。


 なんて想っていた頃に、ぶーんと携帯が一つ震えた。


 画面をちらってみると、ましろさんからの着信。一か月弱前に初めてアドレスを交換したけれど、今ではすっかり見慣れてしまったねなんて少しほくそ笑みながら。


 『お、おはよ! このかちゃん、唐突でごめんなんだけど。集合予定時間、はやめていい? どうしても一緒に行きたいことこあって!』


 通話口の向こうのあなたの声は、随分と慌てていて、やれやれどうしたんですかと軽く笑って返事をする。


 「はい、いいですよ。むしろ早起きしちゃって暇だったんで、ありがたいです」


 『そ、そう? ありがと。えーとじゃあね、10時半に近所のスーパーで、住所は後で送るから』


 「はい、了解です。スーパーですね、何か買いたいものでも?」


 『ふふふ、それはお楽しみなんだぜ。ま、ぶっちゃけると、向こう行ってから決めるんだけどね……』


 「…………? まあ、了解です。じゃ、10時半で」


 『うん、じゃあね、10時半』


 短く、そんなやり取りをして、通話を終了したスマホをぼんやり眺める。


 どういう風の吹きまわしっすかね、まあ、行けばわかるんでしょうけど。


 通話の向こうのましろさんが、ちょっと興奮したような、楽しそうな声だったからまあ、楽しいことに違いはないのでしょう。


 軽く笑って、腰を上げる。さあ、さっさとシャワーでも浴びて、外に出る準備をしますかね。


 何せ、今日が最後のデートなんだから。


 ………………。


 ―――そう今日、私とましろさんの何かが終わる。


 それが本当に終わりなのか、それとも何かの始まりなのかはわからないけど。


 胸の奥で心臓がじっと震えているような、肺をぎゅっと誰かに握られいてるような。


 そんな、感覚だけを感じながら。


 二時間後に、私は目一杯の準備をして家を駆けだした。


 今日、これから、どんな答えを得るのか。


 何一つも知らないまま。

 

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