三口目 ましろとまふゆ

 ベッドから起こした身体が、ほんのりと温かくて、よく動くことにもだんだんと慣れてきた今日この頃。


 気づけばもうまるっと二週間、私の身体はこのかちゃんから貰った命に満たされているのが理由なんだけど。


 私が気づいてないうちにした分も含めれば、三回も彼女と口づけをしたんだよね。


 三回……一体、私はこのかちゃんからどれだけの命を貰ったんだろう。


 もし一回で七日貰っていれば、三回で三週間。


 それだけの時間を貰って、私に何が返せるっていうんだろう。


 必死に考えては見るけれど、答えはさっぱり浮かんでこない。


 当たり前と言えば、当たり前の話で。命の価値に吊りあうようなものなんてない。


 だから命は尊くて。


 だからこそ、私は彼女に貰った分だけ何かしないといけないんだ。


 枕元のスマホを手に取って、まだぼやけた目をこすりながら、メッセージアプリを開く。このかちゃんからは今日の待ち合わせ場所と時間が送られてきている。


 いったい、何を彼女に返せるだろう。私みたいな奴が、一体、何を。


 なんて、ことを考えながら。


 身体を目覚めさせるために、電気ケトルにスイッチを入れて、紅茶を淹れる準備をする。


 私の命は、いくらこのかちゃんに伸ばしてもらっているとはいえ、そう多くは残ってない。


 だから、できるだけのことをしよう。何ができるかはわからないけれど、せめて一緒に居る時間くらいは、人生最高の時間にしよう。


 うしっと小さく気合を入れてから、紅茶をカップに注いでく。


 とりあえず、今日のお洒落でも考えよっか。


 ―――なんて思っていた頃だった。


 スマホが不意に揺れた。


 なんだろうって、首を傾げて、そこに表示されているメッセージに思わずうっと顔をしかめた。


 まふゆ。


 画面に浮かんでいるのは、私のことを嫌ってる妹の名前。


 『パートナーできたんだって?』


 ……どこで知ったんだろう。先生から? いや守秘義務とかあるはず。


 しばらく、思考。


 ……いや、返事は夜になってからでいいかな。


 そう急ぐものでもないだろうし。決して返信をするのが気まずいわけじゃない。


 なんて、ちょっと躓きかけた心を前向きに戻しながら、視線をそっとスマホから背ける。


 とりあえず、今は目の前のこのかちゃんとのデートを楽しむことのほうが大事だから。


 なんて言い訳を自分にしながら啜った紅茶は、まだ熱すぎて舌を思いっきり火傷するなどした。


 くそう、前途多難ですこと。



 ※



 「んー…………」


 ましろ姉さんが起きている時間を見計らって、メッセージを入れてみたけど、さっぱり返信どころか既読もつかない。


 寝坊してる線もなくはないけど、先生に無理に口を割らせた話だと今日、デートに行くとか言ってたらしいし。多分起きてる。これは返事が気まずくなって、後回しにしてると見たかな。あの人はそういうとこあるし。


 今すぐ電話してもいいけど、それだと適当にはぐらかされるのがオチかなあ。


 ま、結局、尾けていって、問いただせばそれでいいかなって感じはする。


 ただ、そう考えると、ましろが家を出る前に玄関で張ってないといけない。


 てなると、色々急げだ。ベッドでまだぐずっている、ぬくみの肩をそっと揺らす。


 「ぬくみ、私、今日はちょっと用事あるから。ご飯は冷蔵庫にあるの好きに食べといて」


 ぬくみは私の声に目を擦りながら、大きく欠伸をした。


 「う~ん、おはようございます、まふゆさん。……用事? お母さんとこにお出かけですか?」


 「ううん、今日はちょっと姉さんのパートナー見てくるだけかな」 


 ねぼけたぬくみはしばらく、眼を擦って私の言葉を咀嚼する。


 ただしばらくするとはっと目を開いて、驚いたような顔になる。


 「あ、あのお姉さんですか?! 一生パートナー作らないって言ってた?」


 「そ、だけど、なんかできたらしーよ」


 私の答えにぬくみは慌ててベッドから這い出してきた。ずったんばったんと。


 「わ、私も見たいです。え、今から出るんですか? ちょ、ちょっとまっててほしいです!!」


 「……そう、なるべく急いでね?」


 そのまま全裸のぬくみは大慌てで、脱ぎ散らかした下着を拾い集めると、せっせと着替えと外に出る準備を始めた。


 ただ、何がどうなったらそうなるのか。ずれた下着姿のままヘアアイロンを片手にもって、もう片方の手で化粧をしようとして失敗していた。そのまま涙目でこっちを見てくる。


 「す、すいません、へ、へるぷです! まふゆさん!!」


 「…………はあ、どっちか一個ずつにしたら? っていうか先に服着たら?」


 呆れのため息をかましてから、最近、パートナーを見る目が落ちたかなとちょっと自分で心配になる。いや、でもこの子、命の熱量だけは結構強いからなあ……。


 結局、仕方ないので、私が髪を梳かしている間に、ぬくみが化粧をして、その後着る服もなんでか私が選ぶことになった。というか、クローゼットの前で「お姉さんに会いに行くのにはどんな格好がいいんですかあ……?」って半泣きになっていたから、適当に選んで着させただけなんだけど。


 結局、急ぎでタクシーを呼ぶことになった。ぬくみはいつもどおり、音が鳴るくらいぶんぶん頭を下げていたけど、私は適当にいなしながら。運転手に目的地を告げた。


 そのままぬくみの謝罪を聞き流しながら、なんとなく、あのバカ姉貴のことを考えた。


 パートナーなんて作らないって、中学の頃に宣言していた姿を想い出すと未だに少し腹が立つけれど。


 はてさて、そんな姉に付き添ったのは一体どこの誰なのやら。


 そしてあの姉は一体何を想ったんだろう。


 そんなことを考えながら、タクシーの独特な匂いの中でじっと黙って通り過ぎる秋の景色を眺めてた。


 まあ、そんなちょっとナイーブな気持ちだったんだけれど。


 「あ!!」


 隣のぬくみは、だらだと汗をかきながら、ちょっと焦ったような声を上げていた。


 「………………どうしたの?」


 そんな私の問いに、ぬくみは冷や汗を垂らしながら、でもどこか頬を赤らめる。器用なことするなあなんて考えていたら、そっと耳を寄せてきてこそこそと気まずそうに話は始めた。


 「そ、その慌ててて昨日のパンツをそのまま履いてきたじゃないですか…………」


 「そういえば、そうね」


 「だ、だから、その結構その、ぐっちょりしてて、足をこすると、その、気になって…………」


 「………………そう、コンビニで新しいパンツでも買っていく?」


 「う、うう。時間あったらお願いしたいです……」


 とりあえずこの子の隣で、ナイーブになるのは無理そうだ。


 「あ、ああ、そんな蔑みの眼で見ないでくだしゃい…………」


 「別に、退屈しないなって想ってるだけだから」


 「や、やさしさが逆に痛いです……」


 軽くため息をつきながら、懇願の眼で見てくるぬくみから目を逸らす。


 まあ、私の方もこんなだし、意外と向こうもナイーブになってばかりじゃないかもしれないね。


 


 ※



 「ぶぇっくし!」


 「どーしました、ましろさん。寒いですか? ぎゅってしときます?」


 「う、だ、大丈夫。ずび、うう、なんか急にくしゃみきた……」

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