第5話

入社から1週間。


それとなく業務をこなして

なんとなく慣れてきたころだった。

ひとつ問題を覗いては。


「よ、吉田部長、これ今日の会議の

議案のコピーです」


最悪なことに、私の部署の部長だったのだ。

吉田貴也、女の敵!

その甘いフェイスで何人の

女を虜にしてきたのか!


「ぐむむむ…」


「遥香ちゃーん、どうしたの???」


「私は吉田です。吉田と呼んでください」


「同じ苗字でわかりにくいから

遥香ちゃんって呼んでるんだよ?」


「次、遥香っ言ったらでこぴんしますからね

吉田部長」


かつかつと過ぎ去る。


「でこぴんって、本当におもしろい」


貴也が微かに笑う。


「ぷはーー!仕事終わりのビールって

なんでこんなに美味しいのー!」


「遥香ちゃーん、おやじすぎい」と

ハイボールを飲む美咲が言う。


いやいや、美咲ちゃん。

たこわさ食べて、ハイボール飲んでる

美咲ちゃんも中々よ?


「てかさあ、あの吉田部長!」


「んぐっ!」

けほけほと咳がでる。


「私と同じ苗字だなんて

私にひれふすがいいわ!

特にね、職場にあんないい匂いの

香水つけてきて何人の女を

物にしてきたのかあたしにはわかっちゃうねー」


「…遥香ちゃん、あの、」


「しかもなによ、貴也って!

モテる男ナンバーワンみたいな名前して!

サーモンパイくらいわかりますよーって!

あーゆー男がいるから

騙されて悲しむ女が」


「吉田さん」


ピキっと私の背筋が言う。

聞いたら絶対忘れない。


「美咲帰りマース!」


「さてと、」


向かいに吉田部長。


「そんなふうに思ってたの?」


何も言えなかった。


パチッ!


「いたっ!…でこぴん?」


ぷはー!と背伸びする。

「吉田さあん、おうちはどっちですかねえ」


「ちょっと、大丈夫?

そんなふらふらで」


「あ」


「あ」


外は土砂降りの雨。


「部長~!走りますよお~!」


「待って、君家わかってないだろう!」


手を繋いで

土砂降りの雨の中を

笑いながら走った。


この瞬間を、私は忘れない

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