第一一編

簒奪叔父にざまぁ

 「シュタミッツ⁉ 死んだはずのシュタミッツ!お前が白亜の海賊だったのか⁉」

 モアゼルは宇宙船のモニターに映る若者に向かって叫んだ。その表情はまさに、幽霊を見た人間特有のもの。あり得ないものを見たときの人間の表情だった。

 モニターの向こうの若者は静かに答えた。

 「そうだ。モアゼル。親愛なる我が叔父よ。あなたによって惑星ハイルーンの古代遺跡に閉じ込められたあなたの甥、シュタミッツだ」

 その名乗りを受けてもまだ、モアゼルは信じられない様子だった。呆然とした表情でモニターに映る顔を見つめている。

 それはなにも、死んだはずの人間が表れたからばかりではない。

 あまりにもちがっていたからだ。

 モアゼルの知るシュタミッツと。

 かつての、自分が罠にはめ、古代遺跡に閉じ込める前のシュタミッツはこんなではなかった。領主の息子らしい気品高い顔立ちに、上品な物腰をした貴公子ではあった。しかし、それだけ。次期領主としての勉学と仕事には真面目に励んでいたがその一方で、考古学に夢中になり、

 「いつか先史時代の謎を解き明かすのが夢なんだ」

 と、子どものように無邪気に語るボンボンでしかなかった。

 それが、いま、モニターの向こうに映る若者の姿はどうだろう。

 体つきはずっとたくましくなり、目には険しいほどの気迫がみなぎり、その全身からは野性の肉食獣のような獰猛どうもうな気配が噴きだしている。

 その姿はまさに『蛮族の戦士』。

 領主の息子として気品と風格に満ちた人生を送ってきたとはとても思えない、酒と血にまみれた生涯を送ってきた人間特有の気配だった。

 そのシュタミッツ、いまや、上品で教養豊かな領主の息子から血生臭い蛮族の戦士と化した若者は、モニターの向こうに立つ叔父に向かって言った。自分の家族を奪い、領地たる惑星アルカノンを乗っ取った叔父を。

 「モアゼル。親愛なる我が叔父よ。おれを古代遺跡に閉じ込めてからの三年間、よくも好き勝手にふるまってくれたな。我が父、我が母、我が妹までも殺し、惑星アルカノンを乗っ取った。自分が領主となるために自分の兄を、自分の兄嫁を、自分の姪を、きさまは殺したんだ!

 そして、父の財産を使って宇宙中からならず者どもを集めて私軍を結成した。その軍事力をもって領民を支配し、やりたい放題。税は一〇倍にも跳ねあがり、年頃の娘をもつ親はことごとく娘を傷つけられ、他の惑星への侵略戦争にまで駆り出される始末。さらに、きさまは、その軍事力を背景に惑星オッドアイを脅し、おれの許嫁だったラナシェルをむりやり自分の嫁とした。

 まさに、我が世の春だったわけだ。だが、モアゼル。おれは死ななかった。お前に閉じ込められた古代遺跡。あのなかでおれは生き抜いた。古代遺跡の謎を解き明かし、生き抜いたんだ。お前が柔弱にゅうじゃくと笑っていた考古学の知識。それが、おれを救った。そして、あの古代遺跡には伝承通り、先史文明の遺産が眠っていた。現代とは比べものにならない性能を秘めた先史文明の船がな。そして、おれはその船を手にして戻ってきた。お前に復讐するために。

 お前とともに、おれの家族を奪った三人の仲間はすでにこの手で殺した。あとはお前だ。お前だけだ。この三年間の報い、いまこそ受けさせてやるぞ」

 「だ、黙れ……! すべて、お前が悪いのだ! 考古学などにうつつを抜かす柔弱にゅうじゃくものに領主の役目など務まるものか! おれだ、領主にふさわしいのは、幼い頃から武芸に秀でていたこのおれなのだ!

 そうとも。最初から惑星アルカノンの領主には、おれがなるべきだったのだ。なのに、あいつ、おれたちの父親である先代領主は兄貴を領主に任命した。ただ『第一子だから』という理由で、あの学問しか能のない兄貴に領主の座を譲ったのだ! そんなことが許せるものか! おれだ、惑星アルカノンの領主はこのおれなのだ! あの星も、そこに住む住人も、すべてはおれのものだ! 誰にも渡さん!」

 モアゼルは叫ぶ。叫びつづける。地団駄じだんだを踏み、目を真っ赤に充血させて、唾を吐き散らしながら。その様子は控えめに言っても『発狂したサル』。

 艦橋に並ぶ部下たちの目から見ても不快きわまる姿だった。だが、モアゼルはそんなことには気がつかない。部下たちの嫌悪の視線にも気づかず、唾を吐き散らしながら叫んでいる。

 「ああ。その通りだな」

 シュタミッツはモニターの向こうで、叔父の言葉にうなずいた。発狂したサルのごとき叔父よりも百万倍も冷静で、威厳に満ちた態度で。

 「以前のおれは確かに、学問ばかりの柔弱にゅうじゃくものだった。他人を疑うことを知らず、警戒すらせず、そのためにお前などにはめられ、家族を死なせる羽目になった。だが、いまのおれはちがうぞ。いまのおれは復讐者だ。

 認めてやろう、モアゼル。きさまの正しさをな。この世界で生き抜くために必要なのは力だ。そして、いま、おれはその力をもって戻ってきた。喜べ、モアゼル。きさまの正しさを認めてやる。きさまの信じた力を振るってやる。そして、きさまの信じる力をもって、きさまを討つ!」

 「う、うるさい……! やれ、やってしまえ! なにが先史文明の船だ! そんな時代遅れの骨董品、宇宙のゴミにしてしまえ!」

 その命令が実行されることはなかった。かわりに艦内に鳴り響いたのは甲高い警告音。そして、砲撃を告げる真っ赤な警告ランプ。

 「な、なんだ、なにが起こった⁉」

 突然のことにモアゼルは泡を食って叫んだ。

 オペレーターが報告した。

 「後方から砲撃! 惑星アルカノンの警護艦隊です!」

 「な、なんだと……!」

 泡を食うモアゼル。

 そこに追い打ちをかけるかのように、警護艦隊からの歓喜の叫びが伝わった。

 「シュタミッツさま! きっとお帰りになられると信じておりました! いまこそ、共に卑劣な簒奪さんだつしゃと戦いますぞ!」

 その宣言通り――。

 モアゼル艦隊の後方に並ぶ警護艦隊は、ありったけの砲撃を繰り返しながら近づいてくる。迫ってくる。本来なら――。

 惑星周辺のパトロールを主任務とする警護艦隊など、モアゼルの率いる艦隊の敵ではない。なにしろ、自分が殺した兄の財産を糸目をつけずに垂れながし、宇宙中からかき集めた海賊や傭兵たちの集まりなのだ。

 どの人員も、どの船も、法を無視したえげつないほどの強化改造を施されている。大規模な艦隊戦ならいざ知らず、単体での決戦においては宇宙連邦の正規軍艦艇より上、という連中なのだ。

 火力においても、防御力においても、機動力においても桁がちがう。なにより、船員たちの獰猛どうもうさと実戦経験がちがう。惑星アルカノンの警護艦隊など紙を引き裂くように打ち破ることができる。だからこそ――。

 だからこそ、警護艦隊もいままでモアゼルに従ってきた。そのやりたい放題の暴政振りにはらわたの煮えくり返る思いをしながらも『いつかきっとシュタミッツさまが帰ってくる』という、その一念で耐えにたえて、逆襲の機会をうかがっていたのだ。

 そして、いま、そのときはやって来た。シュタミッツは帰還した。『正統の領主』が帰ってきたのだ。現代の常識の通用しない先史文明の遺産、簒奪さんだつしゃモアゼルを粉砕できるだけの力をもって。

 それを知ったとき、警護艦隊は隠しつづけてきた牙をむいたのだ。自分たちの惑星を暴君から取り戻す、そのために。

 モアゼルの船はまさにパニックだった。警告音が途絶えることなく鳴り響き、明滅するランプのせいで艦内は真っ赤に染まる。

 モアゼルはその光景に正体をなくした。うろたえた様子で辺りを見回した。いくら、火力に劣る警護艦隊とはいえ、積んでいるのはオモチャの武器ではない。このまま手をこまねいていれば殲滅せんめつされることはまちがいない。

 「な、なにをしている、お前たち! なにを黙って突っ立っておるか!」

 ようやく、我を取り戻したらしいモアゼルが叫んだ。相変わらず口から泡を飛ばし、目を血走らせて叫ぶその姿には、領主や指揮官といった肩書きにふさわしい威厳など欠片もなかったが。

 「思い知らさせてやれ! おれに逆らった警護艦隊にも、生意気な小僧にもだ! ひとり残らずぶち殺して、身の程を教えて……」

 モアゼルは唾を吐き散らしながら元海賊や傭兵あがりの部下たちに命令した。しかし――。

 血管がちぎれ、赤く染まったその目に映ったもの。

 それは、自分に向けられる無数の銃口だった。銃口のひとつが光を放ち、モアゼルは意識を失った。


 モアゼルが意識を取り戻したとき。

 いたのは自分の船の艦橋ではなかった。白亜の海賊ことシュタミッツの駆る先史文明の船。その艦橋だった。その身は戦闘用バイオロイドでも引きちぎれない捕縛ロープで縛りあげられており、身動きひとつできない状況だった。

 そのことに気付き、慌てふためくモアゼル。その様子を、子飼いの部下たちがニタニタ笑いながら見下している。シュタミッツのまわりに並びながら、だ。

 「き、きさまら……! 裏切ったのか⁉ あんなにいい思いをさせてやったというのに!」

 モアゼルは自分を裏切った元部下たちに向かって叫んだ。しかし、元部下たちは悪びれる様子など一切、見せず、ニタニタと笑いながら答えた。

 「おいおい、なに言ってんだ。おれたちはもともと部下でもなんでもねえ。金で雇われただけの傭兵だよ。雇い主の旗色が悪くなりゃあ、トンズラする。当たり前のことだろ」

 「そういうこと。おれたちゃ金のためにやってんだ。雇い主のために命を張る理由なんざねえからな」

 「お前を差し出して命を買えるんなら、ためらう理由はねえからなあ」

 そう言い放ち、一斉に笑い声を立てるならず者たちだった。

 元部下たちの笑い声に包まれ、孤立するモアゼル。そのモアゼルに向かい、シュタミッツが一歩、踏み出した。

 「モアゼル。これが、お前の限界だ。人と人の絆を紡げず、金で関わることしかできないお前のな」

 ビクリ、と、モアゼルが身をすくませた。その表情に一瞬、怯えが走り、それからすぐに勝者にこびを売る卑屈そのものの表情となった。

 「シュ、シュタミッツ……。ま、まさか、おれを殺したりはしないよな? おれたちは家族だ。血をわけた叔父と甥じゃないか……」

 その一言に――。

 シュタミッツの顔にカッ! と、怒りがはじけた。三年前とは比べものにならない野性的な拳がモアゼルの顔面を殴りつけた。モアゼルはその一撃で吹き飛ばされ、床に転がった。へし折れた歯が何本もまとめて宙に飛び、鼻と口から大量の血を噴きだして。

 シュタミッツはモアゼルの胸ぐらをつかみ、むりやりに立たせた。その身がブルブルと震えているのは怒りのためではない。嘆きのためだ。悲しみのためだ。

 「……なぜだ、モアゼル。おれも、父も、母も、妹も、あんたのことを家族と思っていた。確かに、野心的で厄介なところもあるが、それでも大事な家族の一員にはちがいない。そう思っていたんだ。なのに、なんで……」

 シュタミッツは血の涙を流しながらモアゼルを見た。

 「モアゼル。おれはあんたを死なさないぞ。これから先、一生かけて自分のしたことの意味を思い知らせてやる。そして、自分で自分を裁かせる。それまで決して、死なせはしない」

 その一言を残し、シュタミッツはモアゼルを放り出した。

 「牢に幽閉しろ! 拘束は決して解くな。監視を怠るな。自害なぞさせたら責任者は八つ裂きにしてやるぞ!」


 そして、シュタミッツは戻ってきた。三年ぶりに。生まれ育った惑星アルカノンの領主の館へと。

 そこで出迎えたのはひとりの女性。シュタミッツと同年代の、若く、可憐な女性だった。

 小柄でおとなしめな顔立ちが貴族の娘らしい可憐さをより一層、引き立たせている。しかし、その可憐さの奥に筋の通った強さを感じさせる女性。

 モアゼルの妻、そして、かつてのシュタミッツの許嫁ラナシェルである。

 そのラナシェルがいま、純白の衣装をまとってシュタミッツを出迎えている。夫に殉じ、共に死ぬための死装束をまとって。

 「お帰りなさいませ。シュタミッツさま」

 ラナシェルはあくまでも『他人』として、シュタミッツに礼をとった。

 「アルカノンは無条件降伏いたします。もとより、アルカノンの正統なご領主はあなたさま。異議を唱えるものはひとりもおりません。この三年間の罪は、我が夫モアゼルとともにわたしが背負います。どうか、他のものたちには寛大な処置をたまわりますよう」

 ラナシェルはそう言って頭をさげる。その言葉と態度に、ラナシェルの後ろに並ぶ閣僚たちの間にざわめきが走った。皆がみな、心配そうな表情を浮かべていた。若い閣僚などはとっさに飛び出そうとして、年配の閣僚にとめられたほどだ。

 三年前、武力によって脅され、無理やりに妻とされた。それ以来、少しでも人々を助けようと必死にモアゼルを押さえてきたラナシェルである。その姿を見てきたからこその閣僚たちの態度だった。

 「ラナシェル」

 シュタミッツが声をあげた。その声も、表情も、とまどいと、それ以上の悲しみに支配されている。そこにいたのは復讐者でも、白亜の海賊でもない。三年前と同じ、考古学への夢を追い、許嫁を愛するただの若者だった。

 「なぜだ、ラナシェル。なんで、そんな格好をしている? それは、夫に殉じるための死装束じゃないか。君がその服を着るのはおれに対してだけのはずだ。そうだろう? それに、その言い方はなんだ? なんで、そんな態度をとる? 君はおれの許嫁だ。何度となく将来を語り合った仲じゃないか。なのになぜ、そんな他人行儀な態度をとるんだ!」

 シュタミッツは叫んだ。

 ラナシェルはしかし、わずかも心動かされた様子はない。あくまでも他人として、シュタミッツに対していた。

 「わたしはモアゼルの妻。それだけです」

 「ちがう! 君がモアゼルの妻になったいきさつは聞いている。モアゼルが自分の集めたならず者たちを背景に、君に結婚を強要したとき、君のご両親も、領民たちも、君を守るために戦おうとした。しかし、君はならず者相手には勝てないことを知っていた。だから、ご両親と領民とを守るために自分を犠牲にしてモアゼルの妻となった。君に罪はない。君はいまもおれの許嫁のままだ」

 「シュタミッツさま……」

 はじめて――。

 ラナシェルの目に涙があふれた。

 可憐なその顔が悲しみに包まれた。

 「わたしはこの三年間、まちがいなくモアゼルの妻として暮らしてきました。もう……もう、あなたの前に立てる体ではないのです」

 「関係ない! あいつはただの野良イヌだ!」

 シュタミッツは叫んだ。それから、唇を噛みしめた。その目からはとめどもなく涙があふれていた。

 「……君だけなんだ、ラナシェル。おれが取りもどせるのは君しかいない。父も、母も、妹までも死んでしまった。モアゼルに殺された。おれがふがいなかったばかりに。そのおれが取りもどせる唯一の存在。それが君なんだ、ラナシェル。お願いだ。せめて、君ぐらいは取りもどさせてくれ」

 「シュタミッツ……」

 ラナシェルは涙にくれる目でシュタミッツを見た。そして――。

 全力でその胸に飛び込んだ。

 シュタミッツはラナシェルの華奢な体を全力で抱きしめた。


 正義の復讐はここに成された。

 しかし、失われたものはあまりにも大きい。

 父も、母も、妹も、モアゼルに抵抗して殺された大勢の忠実な臣下たちも決して帰っては来ない。

 モアゼルの暴政と散財によってアルカノンの社会経済は根本的に破壊され、領民は苦難にあえいでいる。再建には途方もない労苦がともなうことだろう。それでも――。

 そのすべてを乗り越え、アルカノンは再び、かつての繁栄を取り戻すことだろう。二人がふたりである限り。

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