第八編
虐待親にざまぁ
――えっ。ここ、どこ?
自分の部屋ではない。
それはわかった。
ベッドに寝ている。
それもわかった。
――でも、それなら、どこなの?
目に入る天井はまったく見覚えのないものだった。空気のなかに薬品のような匂いが混じっている。ベッドに寝たまま視線をさ迷わせると、どうやら病室にいるらしいことがわかった。
――えっ? えっ? どういうこと? なんで、あたし、病室なんかにいるの? それに……。
チラリ、と、
その高身長イケメンがジッと自分を見つめているのだ。
それこそ、一〇〇年もの間、愛しつづけた宝物を見るような目で。
――な、なに、この人? なんで、こんなイケメンがあたしのことをこんな目で見てるの?
ポロリ。
そんな音が聞こえるような気がした。謎の高身長イケメンがひとしずくの涙をこぼしていた。最初の一滴が垂れると、あとは一気だった。謎の高身長イケメンの両目からボロボロと涙がこぼれ落ちた。
――えっ? えっ? なに、なに? いったい、なにが起こってるの⁉
「やっと、やっと……」
と、泣きそうな声でそう呟くといきなり、
――ええっー! なんなの、これえっ⁉
「それじゃ、あたしは一五年間、眠ってたんですか⁉」
そのあまりにも衝撃的な言葉に、
「そうです」
と、目の前に座る担当の医師と看護師――そして、例の高身長イケメン――が、そろってうなずいた。
「あなたは一五年前、親によって殴られ、意識を失いました。よほどの偶然が重なったのでしょう。あなたはそのまま意識を取り戻すことなく一五年もの間、眠りつづけていたのです。それも、成長ホルモンのバランスがくずれたのか、成長がとまったまま」
「そ、それじゃ……あたしは一五年、眠っていたのに、いまもまだ一六歳のままなんですか?」
「そうです」
と、医師は無慈悲とも思えるぐらい冷静にうなずいた。
――一六歳のまま。一五年、眠っていたのに。
果たして、それは『お得だった』と言っていいことなのかどうか。
とりあえず、
それでも、勇気を振りしぼり、どうにかこうにかやっとの思いで尋ねた。
「あなた……本当に、ゆうくんなの?」
「そうだ」
謎の高身長イケメンはうなずいた。
「君の幼馴染みの
「で、でも、ゆうくんはまだ一〇歳の、それに……」
やんちゃ坊主で……とは、さすがに、こんなおとな相手に言うことはできなかった。
「あれから一五年たっている。いまのおれは二五歳だ」
謎の高身長イケメン――
まっすくに見つめられながらの答えに、
――で、でもでも! いくら一五年たってるからって、あのゆうくんがこんなイケメンになってるとか、そんなのあり⁉ それも、こんなエリートっぽくなってるなんて……。
そんな、なんの変哲もない小学生だった。
唯一、かわっているところがあるとすれば、何事につけて
「
とプロポーズしていたことぐらい。それだって、一〇歳児であれば『隣のお姉ちゃん』にあこがれてプロボーズするぐらいのことは、まあ『普通』の
「ゆうくんが成長して、カッコよくて頼りになるおとなになったらね」
と、笑顔で返していたものだ。
――それにしたって、まさか、本当にこんなエリートイケメンになってるなんて。
すっかり成長して、自分よりも九歳も歳上になった
そんな
戦士の出陣。
控えめに言っても、そう言いたくなる姿だった。
「さあ、行こう。
「えっ」
いきなり名前を呼び捨てにされて、
――い、いきなり、呼び捨てとか反則でしょ! 昔は、いつも『
まあ、二五歳の高身長イケメンになったいまの
「い、行くって、どこに?」
「あのふたり……君の親を名乗っていたふたりのところへだ」
「えっ?」
「一五年、眠っていたからと言って忘れたわけではないだろう。あのふたりは君に日常的に暴力を振るっていた。ろくでなしの虐待親だ」
「そ、そうだけど……」
正直、『虐待親』と呼ばれるのは抵抗があった。
だからと言って、
小学生の頃には、どこの家庭もそんなものなのだろうと思っていた。殴られても、罵声を浴びせられても、とくに気にしなかった。中学に入ってからはさすがに『自分の家は普通じゃないかも……』と思うようにはなった。
それでも、とくに気にすることはなかったのだ。
なにしろ、
『普通』のことをどうして、『ひどい』とか『虐待』とか思えるというのか。
だから、
しかし、
「……あいつらは毎日まいにち君を殴り、罵声を浴びせていた。挙げ句の果てに一五年もの間、眠りつづけるような傷を負わせた。君の人生を奪ったんだ。おれは絶対に、やつらを許さない。あの頃のおれは、まだ子どもでなにもできなかった。だが、いまはちがう。おれはやつらをこの社会から抹殺するために法律を学んだ。いまではれっきとした弁護士だ。今度こそ、君を守る。そして……」
「いまこそ、やつらをこの社会から抹殺する」
君と一緒に。
「それのために、今日までまったんだ。君と一緒にやつらを断罪するために。さあ、行こう、
「訴えるだと⁉」
一五年程度では家一軒がどうにかなるには短いし、一〇代の若者ならともかく、すでに四〇過ぎの人間が大きく変化するはずもない。
なにしろ、ずっと眠りっぱなしだったので『一五年ぶり』という認識すらないのだ。
そんな
「そうだ」
「お前たちは日常的に
「な、なにを言ってる⁉ 我々が娘を殴ったなど……そんな証拠がどこにある⁉」
「証拠ならあるさ」
「な、なんだ、それは?」
「DNA鑑定の書類だ」
「DNA鑑定?」
「
まだ幼い
その動画のなかで、
「いちいちうるさいガキだ! いつまでもつきまとっていると、お前も
動画におさめられた自分自身の音声を聞いたとき――。
そんなふたりをあまりにも冷静な、そう、怒りと憎しみがきわまりすぎて逆に冷静になっている。そうとしか言えない視線で
「あの頃、おれはただお前たちに殴られていたわけじゃない。いつか、
自分の親に向かって、そう断言する
その格好良さ、頼もしさに
――こんなの反則だよ。あのちっちゃかったゆうくんがこんなにカッコよくて、頼もしいおとなになってるなんて。
「ゆうくんが成長して、カッコよくて頼もしいおとなになったらね」
その
そして、
「さあ、覚悟しろ。きさまらの人生、終わりにしてやる」
そして、
それだけではない。メディアやネット上に広くふたりの情報をリークし、世間をあおり立てた。
裁判で有罪になったところで――証拠の質量を考えれば有罪判決は確実だが――しょせん、大した刑になるわけではない。しかし、ここまで顔と名前、そして、実の娘に対する悪行が世間に知られてしまえば、出所してからも社会に居場所などあるはずがない。
憎むふたりを徹底的に破滅させるための、
そんな世間の声にも押されて、ふたりが有罪判決を受けるまで長い時間はかからなかった。さらに
これで
それらすべてが決まったときの両親の表情。
――きっと一生、忘れない。
今日から、
生まれてからの年数ではすでに三一年たっている。とはいえ、体も、精神も一六の高校生のまま。知識にいたっては一五年前の段階でとまっている。
「うちの両親がその役割を引き受けてくれた」
「もともと、君が目覚めたときにはうちに住まわせてもらえるよう頼んでおいたからな。おれはもう独立していて家には両親だけだから遠慮しなくていい。両親も『夫婦ふたりだけの生活も味気ないからな。
大して親しいわけでもなかった
――でも。
と、
やっぱり、見ればみるほどカッコいい。エリート然とした
それはすべて、自分のために身につけたものなのだ。
そう思うと、胸のドキドキがとまらない。
「これは、
担当の看護士がこっそり教えてくれた。
「あなたの入院費は
――あたしのために、そこまでしてくれるなんて。
そう思うと胸のドキドキがとまらない。早鐘のように鳴りすぎて、破裂してしまいそう。それぐらい、心臓が高鳴る。
「おれと結婚して!」
事あるごとにそうプロポースしてきた、一〇歳の頃の
――ま、まさかね。あんな子どもの頃のことなんて覚えているわけないわよね。第一、こんなカッコいいおとなになったんだもん。彼女ぐらい、いるはずだし……一五年前の高校生のままのあたしのことなんていまさら、なんとも思ってるわけないわよね。
「どうした、
いきなり、おとなの男――になったかつての年下の男の子――から名前を呼び捨てにされて、
「な、なんでもない……!」
「そうか」
と、『なんでもない』ことはないのは明らかだったが、
「高校からやり直すんだろう?」
「う、うん。一年からね。さすがに、いまの高校の授業に途中からじゃついていける自信ないから」
「それがいい。なにかあったらすぐにおれに言ってくれ。いまのおれはもうあの頃の子どもじゃない。いまのおれには力がある。君を守れるだけの力がな」
真剣な目で見つめられながら、そう言われて――。
「あっ、ご両親に挨拶に行かないと! それじゃあね!」
そう叫んで、
ひとりの残された
――君は言ったよな。『成長して、カッコよくて頼りになるおとなになったら』って。言われたとおり、おれは成長して、おとなになった。君を守る力を手に入れるために空手も習った。弁護士にもなった。これから、そのことをたっぷりとわからせてやる。そして……。
――必ず、おれの嫁にしてやる。
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