第六編

ヒロイン救出ついでにざまぁ(悪徳パーティーにざまぁ続編)

 王宮前の大広場。

 建国以来、様々な儀式が行われてきた歴史と伝統のその場においていま、新たな儀式が行われようとしていた。

 罪人の処刑、すなわち、斬首である。

 広場にしつらえられた舞台の上にはすでに、ボロボロの布切れを着せられ、後ろ手に縛られ、顔をうつむかせたままの罪人が両膝をついて座らされている。

 その横には著名な首切り人であるサムソンが、自慢の筋肉を惜しげもなく見せつけながら愛用の斬首剣、エグゼキューショナーズソードの切っ先を舞台について堂々と立っている。

 この広場において斬首刑が行われるのは久々のことであり、物見高い町の住人たちが弁当持参で我もわれもと詰めかけていた。

 「いやあ、楽しみですなあ。久々の斬首刑ですよ」

 「まったくです。しかも、罪人はまだ一〇代の娘、それも、なかなかの美少女だそうではないですか」

 「そうそう、それが楽しみでしてな。やはり、若い娘ほど華がありますからなあ」

 「しかも、首切り人がサムソンだもんねえ。あたしゃ、あの豪快な一振りが好きでねえ。あれは何度、見ても飽きないよ」

 口々にそう言いながら、斬首の瞬間を今かいまかと待ち焦がれている。

 誰もが期待に胸躍らせ、喜びに顔を輝かせているなかただひとり、苦虫を噛みつぶしたような表情になっている人間がいた。罪人の父親、カイバ男爵である。

 「ふん。マロウのやつめ。せっかくの王族との縁談を断るとはなんという親不孝ものだ。『ソルファが冒険者として名をあげようとしているのに、わたしだけ貴族としてのうのうと暮らしているわけにはいかない』などと抜かして家を出て、平民として暮らしはじめたときは、どうしてくれようかと思ったが……」

 カイバの声は親不孝――と、本人の信じる――娘に対する怒りに満ちている。

 貴族の令嬢として育った娘が、その手をあかぎれだらけにしながら必死に働いて小さな家を借り、そこを手作りの装飾品で飾り立て、

 「いつでもきれいにしておかなくちゃ。ソルファが帰ってきたら、この家で一緒に暮らすんだものね」

 と、貧しいながらも夢と希望に満ちて日々を送っていたことなど、この父親の知ったことではない。

 カイバは鼻を鳴らしながらさらにつづけた。

 「……ふん。まあ、いまにして思えばそれでよかった。家にいたままなら、わしまで一緒に不敬罪で処刑されるところだったからな。やつが正式に家との縁を切っていたおかげで難を逃れることができた。それだけが、やつの唯一の親孝行というものだな」

 カイバはそう言って高価な葉巻を口にくわえ、そのときをまった。


 マロウの処刑を決めた国王シチルバートもなかなかにご満悦だった。

 もちろん、たかだか男爵の娘――しかも、家を飛び出し、平民に堕ちていた――が、王族との婚姻をはねつけたことには腹が立つ。しかし、おかげでこうして斬首刑を行うことができた。

 斬首刑は国民たちの貴重な娯楽。そもそも、斬首刑というものは軍人や貴族だけに適用される『名誉ある刑』。国民からしてみたら日頃、威張り散らしている軍人やら貴族やらがひどい目に遭うところを見ることのできる機会でもある。国民の娯楽として、不満のはけ口として、定期的に斬首刑を執り行う必要があるのだ。

 「どれ、国民どもにいま少しの余興を見せてやるとするか」

 シチルバートはそう言うと、太った体をのっそりと動かして舞台に向かった。マロウの隣に立ち、ニタニタといやらしい笑みを浮かべる。首切り人に命令した。

 「罪人の顔をあげろ」

 サムソンは国王の命に忠実だった。マロウの髪をわしづかみにすると、力ずくで顔をあげさせた。その途端――。

 観衆の間からやんやの大喝采が起こった。

 もちあげられたマロウの顔、それは二目と見られないほどに傷つけられ、腫れあがっていた。かつては長く、美しく、艶のあった髪は乱暴に刈りあげられ、顔は本来の倍ほどもふくれあがり、左目などは完全に潰れている。かろうじて開いている右目も半分以上、腫れあがったまぶたによってふさがれている。

 そんな一〇代の娘の姿を見て――。

 国民たちはわらったのだ。

 シチルバートは、その声に満足しながらマロウに語りかけた。

 「どうだ? 少しは反省したか? これが、王族をないがしろにしたものへの罰だ。だが、余は寛大な王だ。最後の機会をくれてやってもよいぞ。自らの罪を認め、懺悔ざんげするがいい。そうすれば命を助け、ブタ飼いの妻ぐらいにはしてやってもよいぞ」

 シチルバートはニタニタと笑いながら語りかける。

 もちろん、そんなことを言ったからといって、本当に刑を取りやめる気などさらさらない。王族との婚姻をはねつけた娘を助命したりすれば、王族の沽券こけんに関わる。なにより、今かいまかとそのときをまっている国民が許してはくれない。

 ただ、偽りの希望を投げかけ、命乞いをさせ、その醜態しゅうたいを見せることで国民どもを喜ばせてやろう。そう思っているだけ。だが――。

 マロウはかろうじて開いている右目だけで国王を見た。口を開いた。そこから飛び出したものは命乞いの言葉……などではなく、一滴ひとしずくの唾。

 マロウの吐いた唾はシチルバートの頬にあたり、冠型にひしゃげて消えた。

 「……お断りよ。わたしが夫として迎えるのはただひとり。ソルファだけよ」

 その態度、その言葉に――。

 シチルバートは茹でタコのように真っ赤になって叫んだ。

 「お、おのれえっ! 神聖不可侵なる国王の頬に唾を吐きかけるとは! 情けをかけてやろうとした余がまちがっておったわ。もはや、一時いっときたりとも生かしておけん! サムソン! いますぐ、こやつの首をねろっ!」

 サムソンが愛用の斬首剣を大きく振りかざした。いよいよ来たその瞬間。広場を埋め尽くす国民たちの間から期待のざわめきが巻き起こった。そのとき――。

 世界は冬に閉ざされた。


 まるで、聖者を渡らせるためにふたつに割れる海のように、広場を埋め尽くす国民たちがふたつに割れ、そこからひとりの少年がやってきた。

 華奢きゃしゃな体。

 少女のように繊細せんさいな顔。

 しかし、その全身からは人の身にはとうていおさまりきれない膨大な魔力が噴きだし、天にのぼり、暗雲となってとぐろを巻き、日の光をさえぎっている。

 そのために、世界は闇に閉ざされ、気温は氷点下にまでさがったよう。

 それはまさに、いまだ人の知らない極地の冬だった。

 そのなかを少年は黙って歩いていく。その目はただひとり、舞台の上のマロウだけを見つめている。まるで、マロウ以外のいかなる存在もこの世にはいないかのように。

 少年は舞台にあがった。マロウ以外のすべてを無視して、少年はマロウに語りかけた。

 「マロウ。迎えに来たよ」

 そう言って、優しく微笑む。

 「……ソルファ」

 マロウがこの世でただひとり、自分の夫として認めた少年――ソルファ。その姿を見たマロウの右目から一筋の涙が流れ落ちた。

 しかし、それは喜びの涙ではない。悲しみの涙だった。

 マロウはソルファの視線から必死に顔をそらした。涙を流しながら言った。

 「……見ないで、ソルファ。もうわたしは、あなたの前に立てるような顔じゃない」

 しかし、ソルファはそんなマロウの顔に手を添えた。傷跡を指でなぞった。優しく、微笑みかけた。

 「この傷は僕のために受けてくれたものだ。いまの君は、僕の知るすべてのなかで一番、美しい」

 「ソルファ……」

 「マロウ。愛しているよ」

 「……愛してる、ソルファ」

 マロウは涙を流しながら言った。その涙はすでに悲しみの涙ではない。喜びのあまり流れ出た涙だった。

 ふたりはそっと口付けを交わした。

 そして、ソルファはマロウの両手を縛る縄をほどいた。やさしく手を貸してマロウを立たせた。

 「さあ、行こう。マロウ。僕たちふたりで暮らせるところへ」

 「ええ。ソルファ」

 そして、ソルファとマロウはふたり、よりそいながら歩きだした。


 まるで、時がとまったかのようなその光景。

 誰も彼もが呆気あっけにとられ、なにも言えない。指一本、動かせない。そのなかでただひとり、我に返ったものがいた。

 マロウの父親――そう呼べるならば、だが――カイバ男爵である。

 「き、きさま、ソルファ、ソルファなのか⁉ わしの娘をどうするつもりだ⁉」

 「義父上ちちうえ

 義父上ちちうえ、と、ソルファはあえて、カイバのことをそう呼んだ。

 「いまこそ、ソルファとの仲を認めていただきます。僕とソルファの結婚を」

 「ば、馬鹿を言うな! 解放奴隷の子ごときが、わしの娘と結婚するなど……身分をわきまえろ!」

 「義父上ちちうえ

 ソルファは静かに言った。その目で見つめられ、カイバは言いようのない恐怖を感じた。

 「ひっ……!」

 小さな悲鳴をあげ、後ずさった。そのまま尻餅をついた。

 ソルファはそんなカイバを静かに見つめながら言った。

 「いまの僕には力がある。あなたが認めるまで傷つけ、苦しめ、『頼むから殺してくれ!』と叫ばせるだけの力と心が。試してみますか?」

 その言葉に――。

 カイバの恐怖は限界を超えた。

 恥も外聞もなく怯える姿をさらけ出し、国王に助けを求めた。

 「へ、陛下、お助けくだされ! この化け物を始末してくだされ!」

 言われて、シチルバートも我に返った。広場を囲む警備兵たちに命令した。

 「ゆ、勇敢なる兵士たちよ……! この不埒ふらちものを始末せいっ!」

 その言葉に兵士たちが槍を構えて殺到する。ソルファは動じない。ただ、静かに言っただけ。

 「僕とソルファの将来は、誰にも邪魔させない」

 空を覆っていたとぐろ巻く暗雲。

 ソルファの体から噴き出した膨大な魔力が光り、無数の雷光となって降りそそいだ。


 気がついたとき――。

 誰もが魔力の雷光に打ちのめされ、倒れ伏していた。

 兵士たちの身にまとう鎧も、鍛え抜かれた戦技も、なんの役にも立ちはしない。ひとり残らず雷光によって打ち倒され、その場に倒れ伏していた。

 まさに、伝説の魔王もかくやというその魔力。

 その圧倒的な力を見せつけられ、誰もが恐怖に震えていた。怯えていた。立ち向かおうなどとは誰も考えることすらできない。あれほど処刑の瞬間を楽しみにしていた国民たちも全員がへたり込み、ガタガタと震え、小便を漏らし、気がふれたかのように涙を流しているだけ。

 「国王陛下」

 ソルファはシチルバートに向かって静かに言った。

 そのシチルバートは国民たちに負けず劣らず恐怖に駆られ、ガクガクと震えている。豪奢ごうしゃなそのズボンは、自ら漏らした小便でグショグショになっている。もはや、国王としての威厳も糞もないありさまだった。

 「陛下。見ての通りです。いまの僕には力がある。たとえ、王国軍一〇〇万すべてを相手どることになっても絶対に負けない。マロウとの将来は邪魔させない。ここで、国王たるの名誉に懸けて誓ってください。もう決して僕たちに関わらないと。そう誓っていただけるなら僕たちはこの国を出て、二度と戻りません。お互い、無関係なままに生きていけます。どうです? 誓っていただけますか?」

 シチルバートは何度もなんどもうなずいた。全身をガクガクと震わせ、うなずいているのか、震えているのかわからないありさまで。

 「わ、わかった、誓う。誓うから早くこの国を出て行ってくれ!」

 その言葉を受けて、ソルファは今度はカイバを見た。愛しい恋人、いや、妻の父親を。

 「義父上ちちうえ。改めて聞きます。僕とマロウの結婚を認めていただけますか?」

 カイバもまたシチルバートと同じく、ガクガクと震えるようにうなずいた。尻餅をつき、地面に自らの小便で水たまりを作り、みっともないほどに涙を流しながら。

 「み、認める……! 認めるから早くどこかに行ってくれ!」

 その言葉に――。

 ソルファはうなずいた。

 「さあ、マロウ。これで、僕たちは正式な夫婦だ。行こう。僕たちふたりの将来に向かって」

 「ええ。ソルファ」

 そして、ふたりはよりそいながら歩いていった。

 自分たちの未来に向かって。

 ふたりで暮らす将来。それを邪魔できるものはもはや――。

 この世にはいなかった。

                 完

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