第五編
自己中ギャルにざまぁ
高校生男子テニス界の頂点。
それを決める試合。その試合は見るもの全員にとって意外なものだった。
対戦するのは
中学時代、絶対王者として君臨しながらも高校入学後ほどなくして足を負傷、再起不能と言われながらも二年の時を経て復活した奇跡の人、
中学時代、その
共に順当に勝ちあがってきたふたりだが、そのふたりの対戦は
「いくら中学時代の絶対王者とは言っても、
それが、大方の予想だった。ところが――。
目の前で繰り広げられた試合はその予想を完全に覆すものだった。
まるで、おとなと子ども。それぐらいに一方的なゲーム。
その結果には誰もが
信じられない、といった表情で見つめていた。
それほどに驚異的な
サーブを前にポンポンとボールをコートでバウンドさせる
レシーブの姿勢をとり、その姿をにらみつける
ふたりの姿には、はっきりとした差があった。
その表情からははっきりと負けることへの、二年間の間、守りつづけた王者の座を奪われることへの恐怖が見てとれた。その恐怖が体を縛り、本来の動きができなくなっている。
素人が見てさえ、いや、素人だからこそよりはっきりと『これは勝負にならない』と思える。それほどの姿のちがいだった。
――
――『中学時代、
――そして、お前は、おれの彼女だった
――だが、
その思いを込めて――。
サーブが決まり、
試合後、
怪我をした
「やったね、
「すごいよねえ。再起不能って言われていたのに、こんな劇的な復活勝利を飾るなんてさあ。あたしも
ぬけぬけと。
まさにその言葉の見本のように言う
「彼女? なんのことだ?」
その言葉に――。
「えっ? だ、だって、あたし、
「それは、あくまで中学時代のことだろう。おれが怪我をしたとき、お前はおれを見限り、
そんな扱いを受けるとは夢にも思っていなかった。
――
そう信じていた。それなのに……。
その予想を裏切られ、しかも、手厳しい反撃も受けたのだ。中学時代からずっとスクールカーストの上位で男たちからチヤホヤされてきた
それでも、
――冗談じゃないわ! 他の女が
その思いがある。
中学時代、自分から
――そうよ! それは、あたしだけのものなんだから。
その思いを込めて屈辱を呑み込み、引きつった顔に表面ばかりの愛想笑いを浮かべる。
「や、やだな、
「はっはっ。それはつまり、都合が悪くなれば少年とのことも『遊びだった』とごまかし、他の男のもとに走るということだな。少女よ」
冷笑と共に表れたのはメガネに白衣という出で立ちの二〇代半ばの女性だった。
漆黒の長い髪とメガネに包まれた、理知的なくせにセクシーな顔立ちも、見るものを挑発するような胸のふくらみも、白衣から伸びた生足も、そのすべてが外見自慢のギャルの警戒心をかきたて、守勢にまわらせるのに充分なものだった。
「な、なによ、あんた……」
それはすべて、女として完全に負けていることを認めてしまった結果。ギャルとして、スクールカーストという競争社会を生き抜いてきた
そんな
そんな
上から目線。そう言われても仕方のない態度と口調で。
「わたしは
「主治医?」
「そう。つまりは、このわたしこそが、少年の奇跡の復活を演出した天才スポーツドクターということだな。敬意を込めて『空前絶後の天才』と呼んでくれてかまわんぞ」
「だから、そういう態度はやめた方がいいってあれほど……」
嫌味なぐらい自信たっぷりに、豊かな胸のふくらみをますます見せつけるかのようにふんぞり返ってそう言う
もちろん、
「いや、実際、この二年間は楽しかったぞ。少女よ。君がまだ知らない少年の体の隅々まで観察し、さわらせてもらったからな」
「なっ……!」
「単なる診察とリハビリだろう。誤解を招くような言い方はしないでくれ」
「誤解と言うことはないだろう。わたしが、君の体の隅々までこの手で扱ってきたのは事実なのだからな」
「な、なによ、それ。犯罪じゃない! いいおとなが高校生を……」
叫ぶ
「はっはっ。残念だったな、少女よ。君のことは少年から聞いている。少年を見限るのが早すぎたな。医学の進歩を信じず、再起不能と思い込んだがゆえに選択を誤った。医学を信じ、少年を信じ、支えつづけていれば、君も少年と共に世界という舞台に立てたのにな」
「少年にはそれだけの潜在能力、圧倒的な才能がある。君が少年を捨てて選んだ、あの
わたしが主治医としてついている限り、再発など決してさせん。これから先、少年はわたしと共に世界に向かい、世界を舞台に戦う。君はそれを指をくわえて見ているわけだ。はっはっ。つくづく、人生の選択は重要だな」
「もういい」
「
と、
「君には感謝している」
「えっ?」
「あの頃のおれは、まだまだ子どもだったからな。人を見る目がなかった。君に告白されたときも、中身なんて気にもしないで外見だけでOKした。君はおれが好きだったわけじゃない。ただ、『テニス界の絶対王者の彼女』という立場がほしいだけだったなんて思いもしなかった」
「た、
「君が怪我をしたおれから離れて
「では、さようなら。もう二度と君と関わることはない。君のおかげで、付き合う相手は中身を見て選ぶべきだとわかったからな。君は他の誰かと幸せになってくれ」
そう言い放ってから、
「行こう、ドク。試合後の検査をしてもらわないといけないからな」
「おお、そうだな。少年。わたしと君とはいまや
「……セクハラはするなよ」
その言葉を残し――。
「はっはっはっ。いやあ、愉快ゆかい」
帰り道、
「よくやったぞ、少年。これで君は、いわゆる『ざまぁ』と『もう遅い』を同時にやってのけたわけだ。さぞかし、気分が良いだろうな」
「どうでもいいさ。そんなことは」
「おれの相手は
「はっはっ。いいぞ、少年! その意気だ。それでこそ、主治医として付き合う甲斐があると言うものだ」
「それより、ドク。いつも言っているだろう。『少年』はやめてくれ。おれは
「はっはっ。なにを言うか。高校生の少年を、少年と呼んでなにが悪い」
――ちっ。いいさ。そうやって子ども扱いしてろよ。だけど、おれは子どもじゃない。世界と戦おうというプレイヤーなんだ。おれは必ず世界に出る。そして、頂点に立ってみせる。そうして……必ず、あんたを振り向かせてやる。
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