第四編

悪徳パーティーにざまぁ

 「……やっと、会えた」

 光の届かないダンジョンの奥。おりが積み重なって闇となったような陰のなかから、その声は響いてきた。

 アゼラータと三人の仲間はその声にギクリとした。足をとめた。うそ寒い表情を浮かべて声のした闇を見た。武器をもつ手はジットリと汗に濡れ、表情には緊張の色が走っている。冷や汗さえ流れていた。

 悪徳であれ、卑怯者であれ、まず一流と言っていい実績を残してきた冒険者たち。王国でも名の通ったパーティー。そのアゼラータたちにして、それほどに緊張させる声。

 それも無理はない。

 誰もがそう納得する声だった。

 その声はまるで、恋い焦がれる相手にやっと出会えた少女のそれのように甘く、愛おしさのこもった声に聞こえた。しかし、そうではない。そのことはすぐにわかる。声の底にひそむ怒り、恨み、憎悪。それを感じとらずにいることなど不可能だったのだから。

 声の表面から感じられる甘さ、愛おしさ。それは共に、あまりにも強い憎しみが積み重なり『会いたくて、会いたくて、しかたがない』という感情に変化したもの。偽りの愛おしさだった。

 「……会いたかった」

 陰のなかの声はそう繰り返した。

 「会いたかったよ、本当に。アゼラータ。それに、みんな」

 言葉を重ねるごとに声に含まれる甘さ、愛おしさは増していく。それはそのまま、声のぬしがアゼラータたちに対して抱く憎悪の強さを示すものだった。

 ダンジョンの奥にこごる闇。そこで、なにかが動いた。闇の一部が形を成して浮き出てくるように、そこからひとつの人影がやってきた。

 少年だった。

 背は低く、肉は薄く、ちょっと見にはまるで女の子のように見えるほど華奢で繊細な顔立ちの少年。しかし、その顔に浮かぶ表情は……。

 「……お前」

 アゼラータは息を呑んだ。その顔にはたしかに見覚えがあった。

 「お前……ソルファなのか?」

 「そうだよ。ソルファだ。覚えていてくれたんだね。嬉しいよ、アゼラータ」

 その声は皮肉でもなんでもなく、本当に、心から、自分のことを覚えていてくれたことを喜んでいるようにしか聞こえなかった。

 事実、ソルファは心から喜んでいた。自分のことを忘れている相手に復讐して、なにが楽しい? 自分のことを、自分に対する仕打ちを覚えている相手に対し、その罪を思い知らせながらぶちのめす。

 それこそが、復讐の快感というものではないか。その快感を得られることに対して、ソルファは本当に、心から喜んでいたのだ。

 そのソルファを前にアゼラータたちは違和感を感じずにはいられなかった。いや、違和感と言うよりも恐怖と言うべきか。たしかに、目の前にいる少年はソルファだ。それはわかる。その顔も、その姿も、その声も、なにもかもが自分たちの知っているソルファそのもの。しかし、その中身は……。

 ちがう。

 なにもかもがちがう。

 ソルファは本当にただの少年だった。恋仲となった領主の娘との将来を認めてもらうために冒険者として名を馳せようと必死だった。しかし、力は弱く、動きは鈍く、戦闘経験のひとつもない。そんな、無力な少年だったのだ。しかし、いま、ダンジョンの奥の闇から表れた『存在』は……。

 相手を愛おしさで包んで絞め殺すような優しい笑み。

 歴戦の戦士のような落ちつき。

 人の域を超えた『例外』だけにもてる威圧感。

 そして、なによりも魔力。その全身から立ちのぼり、黒い霧となって漂うほどに濃密な魔力。それはもはや、人間のものではなかった。

 ――魔族だ。

 アゼラータは直感した。

 そう。ソルファであるはずの少年の身から発散される魔力。それはもはや人間の域を遙かに超え、魔族のものとしか思えなかった。

 それも、知恵をもたず、獣と区別がつかないような使い魔レベルなどではない。人間以上の知性と知識をもち、その英知をもって天地自然の理をあやつる上位魔族のものだった。

 なにをどうすれば、人間がこれほどの魔力をもてるのか。百戦錬磨の冒険者であるアゼラータたちにもわからなかった。わかっていることはただひとつ、

 ――戦えば殺される。

 それだけだった。

 すっ、と、ソルファが一歩、前に進み出た。アゼラータたちは声にならない悲鳴をあげて一斉に後ずさった。表情にははっきりと怯えの色が浮かんでいる。その無様なこと、ソルファの仕種の優雅さの一〇〇万分の一にも及ばない。

 「……憧れていた」

 ソルファは言った。優しく、恋慕い、その思いを歌にしたような声で。

 「アゼラータ。それに、みんな。あなたたちは王国でも名の通った一流パーティーだ。実績は申し分なし。その上、若手の新人冒険者の育成にも定評があった。だから、僕はあなたたちに頼み込んで弟子入りしたんだ。解放奴隷の子どもである僕が、領主さまの娘であるマロウとの将来を認めてもらうためには、冒険者として名を馳せるしかなかったから。あなたたちに鍛えてもらえれば、そうなれる。マロウとの将来を手に入れられる。そう思ったんだ。でも……」

 すうっ、と、ソルファの瞳から一筋の涙が流れた。

 「知らなかった。知らなかったんだ。あなたたちが積極的に新人冒険者を加えるのは、自分たちが危機に陥ったときに囮として使い、逃げるためだったなんて。いや、『知らなかった』と言うのは正確ではないね。噂はあったんだから。たしかに、あなたたちのもとから巣立っていった新人冒険者は何人もいる。でも、それ以上に死んでいった新人は多かった。その数の多さを怪しまれ、悪い噂はあった。あったんだ。僕もその噂は聞いていた。でも、僕は信じなかった。王国内でも名を知られ、英雄とされるあなたたちがそんなことをするなんて信じられなかった。そう。あの日、あのとき、僕自身があなたたちに囮としてダンジョンに捨てられるまでは……」

 「……ソ、ソルファ」

 アゼラータが怯えた声で言った。

 ソルファはかまわずにつづけた。

 「あのとき……あなたたちに後ろから刺され、身動きひとつできない状態でダンジョンに放置された僕がいったいどうやって生き延びたか。これまで、どうやって生きてきたか。それは、あなたたちにはわからないだろうね。わかる必要もないことだ。でも……」

 ソルファはそう言いながら、自分の右手をもちあげた。胸の高さまでもちあげ、手のひらを上に向けた。手のひらの上に魔力が噴きだし、ひとつの金属となった。

 魔力変成

 膨大な魔力を凝縮させることで本来、エネルギーに過ぎない魔力を物質へと変成する。

 そんなことができる人間が歴史上いったい何人いただろう。それほどのことを、この年端もない少年がやってのけたのだ。アゼラータたちが息を呑み、それ以上に恐れをなしたのも当然だった。

 ソルファはつづけた。

 「この魔力はわかるだろう? いまの僕ならあなたたちを皆殺しにするなんてわけない。それこそ、ゾウがアリを踏みつぶすみたいにね。さあ、はじめようか。いまはあなたたちだけだ。囮にできる新人はいない。どうやって逃げる?」

 ソルファのその宣告に――。

 アゼラータは恐怖のあまり恐慌に陥った表情をさらした。前に伸ばした手を必死に振った。

 「ま、まて、まってくれ、ソルファ! おれたちはただ、マロウの親父に頼まれただけで……」

 「そ、そうだ! おれたちは頼まれただけなんだ。マロウの親父は、貴族である自分の娘が解放奴隷の子と恋仲でいることが気に入らなかった。まして、将来を共にするなんて絶対に許せなかったんだ」

 「そ、そうだ。だから、おれたちに金を払って依頼したんだ。お前を殺してくれって……」

 だから、復讐するならマロウの父親に……。

 それが、アゼラータたちの言い分。魔力の化け物と化したソルファと戦い、この場を切り抜けよう。そんなことを思うものは、このパーティーのなかにひとりもいなかった。

 たしかに、臆病な態度。しかし、正しい態度。冒険者として生き延びるコツ。それはただふたつ。

 自分よりも強い敵とは戦わない。

 勝てない相手からは逃げる。

 それを徹底してきたからこそ、アゼラータたちは冒険者として生き延び、名声を得るまでになったのだ。いざというとき囮にするために新人冒険者を仲間に加えてきたのもそのため。そうやって生き延びてきたアゼラータたちだ。つまらない意地を張って勝てない相手と戦い、死ぬような、そんな愚かな道を選ぶものなどひとりもいなかった。

 そんなアゼラータたちを前に、ソルファは呟いた。

 「……マロウ」

 そう呟く声には今度こそ本物の愛おしさが込められていた。

 「マロウは? どうしている?」

 「と、投獄されてる」

 「投獄? なぜ?」

 「マロウの親父はお前が死んだと聞いたあと、娘を王族に売り込んだんだ。マロウはたしかに、ちょっといないような美少女だからな。相手はすぐに見つかった。傍系だけどれっきとした王族のひとりだ」

 「親父さんは大喜びだったさ。『これで、王族とのつながりをもてる。自分の立場も安泰だ』ってな。ところが……」

 「マロウはその縁談を断固として拒否したんだ。『自分の夫となるのはソルファただひとり。たとえ、ソルファが死んだとしてもそれはかわらない』って、そう言い張ってな」

 「そ、そうなんだ。それで、王族に対する不敬罪ということで投獄されたんだ。ところが、マロウは投獄されてからも縁談を拒否しつづけている。このままなら、処刑されるのも時間の問題だ。復讐したいならおれたちじゃなく、あの親父や、王族の連中に……」

 アゼラータたちはへらへらと笑いながらそう訴えかけた。卑怯者の属性として、自分たちの利益のためならいくらでも卑屈になれるのだ。

 「そうか……」

 と、ソルファは納得したように呟いた。天を仰いだ。その目から一筋の涙がこぼれ落ちた。

 日の届くことのないダンジョンの奥。そんな場所で流すにしてはあまりにも暖かく、まぶしい涙だった。

 「……マロウ。君も僕のために戦ってくれているんだね」

 「そ、そうさ、ソルファ。早く迎えに行ってやれよ。でないと……」

 「そうだね」

 ソルファは言った。その言葉にアゼラータたちが胸をなでおろしたとしても誰もわらうことはできないだろう。しかし――。

 ギン、と、音すら立ててソルファの目が光った。

 「あんたたちをぶちのめしてからな!」

 吹き荒れたものはまさに暴風。海を荒れくるう波へとかえ、木々をなぎ倒し、城壁すらも砕くすさまじい嵐だった。その嵐がおさまったとき――。

 その場には散々にぶちのめされたアゼラータたちが転がっていた。

 そのアゼラータたちを放っておいて、ソルファはダンジョンの出口に向かった。

 「……まっていて、マロウ。迎えにいくよ。たとえ、王国軍一〇〇万すべてを相手にすることになっても……僕は必ず、君を取り戻す」

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