第二編
浮気義妹にざまぁ
当たり前だ。荒事や、ましてや、闇の世界などとは縁のないごく普通の男子大学生と女子高生。そのふたりがいま、人気のない古い倉庫のなかで、暴力の気配をむき出しにしたヤクザの群れに囲まれているのだ。
そして、ヤクザのなかには
「し、知らなかった、知らなかったんです……」
「か、かの
許してください!
と、
ヤクザの群れを束ねる年配の男は、そんな
「知らなかった、か」
一般の人間には一生、聞く機会もないだろうドスの利いた声。荒事のなかを生き抜いてきた男の声が、這いつくばる
「そりゃあそうだろう。お前さんみたいなかたぎの大学生が、ヤクザの組長の女に手を出したりするわけがねえ。だがな」
と、年配の男は小さな目の奥に
「あいにく、それじゃあすまんのだよ。おれたちゃあ、舐められたらおしまいの商売なんだ。どこぞの兄ちゃんに女を寝取られて、それでなにもしないとあっちゃあメンツが立たないんでな。落とし前はつけてもらわないとな」
「あたしは関係ない……!」
「あたしはその人のことなんて知らない! だから、だから……」
あたしだけは許して!
その叫びをしかし、ヤクザの組長は当然のごとくに踏みにじった。
「そこは、連帯責任ってやつだなあ。お嬢ちゃんはその兄ちゃんの恋人なんだろう? だったら、付き合ってもらわないとなあ」
「ぼ、僕たちをどうするんです……?」
組長は
「そいつは、知らない方が身のためだな」
そして、
「……やっと、終わった」
「ありがとうございます、
どういたしまして、と、
「でも、本当によかったの? かわいい義妹なんでしょう? 結婚まで考えていた。それなのに、ここまでしてよかったの?」
「なにをいまさら」
「そりゃあ、
――なんで、あんなやつを好きになったんだ!
――なんで、あいつの正体を見抜けなかったんだ!
その怒りを、くやしさを、爆発させた動作だった。
「あいつはそんなおれを裏切り、浮気していたんだ! それも、中学の頃から何度もなんども。おれの知らないところで、あいつは他の男と……」
「そして、とうとう、君の高校の先輩である
「そうです」
「おれはすぐに
――あのときのことは一生、忘れない。
問い詰める
「あたし、なにも悪いことなんてしてないよ」と。
「あたし、お兄のこと、好きだよ。お兄と結婚する気でいる。でも、だからって、他の人を好きになっちゃいけないなんておかしいじゃん。『好き』っていう気持ちは自由なんだからさ」
「お前……!」
「なんてやつだ! 義理とはいえ、妹を襲うなんて」
「見損なったわ、そんな男だったなんて」
義妹を襲ったと勘違いされて、その場で、身ひとつで家から追い出された。噂はすぐに広まり、
ふう、と、
「……まったく。いっそのこと『兄妹なのに、なに言ってんの。キモい!』とか言われていた方がマシでしたよ。ところがあいつは、おれのことを好きだと言いながら平気で浮気していた。これからもずっと浮気する。そう言ったも同然でしたよ。だから、おれは決めたんです。絶対に、あいつを破滅させてやるって」
――あのときのおれの思いからすれば、この復讐だってまだ生温い。
それが、
「だから、わたしと組んで復讐した」
「そうです。
ヤクザの組長の愛人をそれとなく
それが、
「いいのよ。わたしはわたしで
「そして、その復讐も終わった」
「ええ。そうね」
「と言うことは、おれたちの関係も終わり。そういうことですよね?」
「そうね」
と、
「その……先輩」
「なに?」
「もう少し、関係をつづけてみませんか? というかぶっちゃけ、おれと正式に付き合ってくれませんか?」
「先輩となら人生をやり直せる。そんな気がするんです」
「共犯だから?」
「そうじゃなくて! 先輩は大切な人に裏切られる痛みを知っている。その痛みが深いからこそ、こんな復讐を計画した。だから、そんな先輩なら決しておれを裏切ったりしない。そう信じられるんです。だから、先輩と人生を共にしたい。お願いです、
「まあ、それも良いけど。でも、君ってまだまだ頼りないし。もっと頼りがいのあるおとなの男になったら考えもいいかなあ」
「本当ですね⁉ なら、なってみせますよ。先輩が心から頼れるおとなの男にね」
「ふふ。楽しみにしてるわ」
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