ざまぁ回だけ並べちゃいました

藍条森也

第一編

NTR勇者にざまぁ

 殴る、

 殴る、

 殴りまくる。

 思いきりぶちのめされ、とうに戦意を失っている勇者の上に馬乗りになって、トーイはなおも殴る。すでに本来の倍もはれあがっている顔をぶちのめしつづける。

 「どうした、デュイ! 期待の勇者さまの力はこんなものか! あの頃みたいに偉そうにおれを殴ってみろよ!」

 トーイはそう叫びながら、なおもデュイを殴る。殴りつづける。トーイの形相は地獄の悪鬼もかくやというほどの怒りに満ちている。しかし、その裏では滝のように涙を流しながら泣いている。くやしさと、腹立たしさと、そして、やっと復讐の機会が訪れたという思い。

 そのすべての思いがひとつになって、どうしようもなく泣いている。そのことに気がつけるのは、いまのかのの仲間たちだけだったろうけど。

 ――そうとも、デュイ。お前はほんの子どもの頃から町いちばんの秀才だった。剣も、魔法も、学問だってピカイチ。町のおとなたちは誰も彼もみんな、お前に期待していた。将来の勇者だとチヤホヤしていた。

 ――一方のおれは、放浪の民族のジル族の出ということでみんなから蔑まれていた。だけど、おれは、だからこそジル族の名誉のために勇者になろうと思った。剣だって、魔法だって、学問だって必死に学んできたんだ。だからこそ、お前が勇者を目指して旅に出るとき、一緒に旅に出た。おれ自身が勇者となり、世間を見返してやるために。ずっとずっと好きだった幼馴染みのハルシャと一緒に。

 ――だが、お前はおれのことをバカにしつづけた。『いつまでたってもレベルのあがらない雑魚』と、そう言って蔑み、雑用係として扱った。いつでも、気晴らしのためにおれを殴り、罵った。それでも、おれがお前と一緒にいたのはハルシャがいたからだった。そのハルシャすらもお前は奪った。そして、おれを追い出した。

 ――ああ、その通りさ。おれはたしかにレベルの上がり方は遅かった。でもな。それは、おれ自身の選んだ道。レベルの低いうちにしっかりと戦闘経験を積むことで技術を磨く。そのためだったんだ。

 ――おれは、お前にハルシャを奪われ、追い出されてからも自分の道を貫いた。そして、強くなった。お前と同じ勇者になり、勇者のなかの勇者、勇者王の座を賭けて、こうして御前試合でお前と対決するまでになったんだ。

 ――そのおれをバカにしていたお前はどうだ? お前は持って生まれた能力にものをいわせて、どんどんレベルをあげていった。おかげで、基礎的なパラメータはたしかに高くなったさ。だが、その反面、その力を生かすための技術を身につけることはなかった。

 ――その結果がこれだ。お前は格下相手ならパラメータの高さで圧倒できる。だが、同格の敵を相手にするには動きに無駄が多すぎる。相手の動きを見切る目がなさすぎる。当然の結果として、同格の相手には手も足も出ず、こうして一方的にぶちのめされる半端ものになった。正しかったのは、正しかったのは……。

 「正しかったのは……おれだあっ!」

 その叫びと共に――。

 トーイは渾身の一撃をデュイの顔面に叩き込んだ。

 それを最後にトーイの動きはとまった。デュイはとっくに身動きひとつできないまでに叩きのめされている。御前試合の会場をシンとした沈黙が支配した。

 動くものは風だけ。

 聞こえるものはトーイの荒々しい息づかいだけ。

 観客たちも誰も彼もが息を呑み、その光景に見入っている。

 そんななか、トーイのあまりにも激しい攻撃に息を呑み、試合をとめることも忘れていた審判がようやく、自分の役割を思い出した。片手をあげてトーイを示す旗をかかげ、宣言した。

 「それまで! 勝者トーイ!」

 その宣言に――。

 会場中がどよめいた。万雷の拍車と『トーイ、トーイ!』という声援に包まれた。そのなかでトーイは立ちあがる。無様に寝そべる敗者を前にして。

 トーイは肩で息をしたまま、会場中を見渡した。全身が汗まみれで、ベッタリと濡れた髪が額に張りついている。そのなかでトーイはまわりじゅうに視線を巡らせる。自分に声援を贈り、自分の勝利を讃える観客たちを見届けていく。

 「うっ……」

 トーイは天を仰いだ。

 両手をグッと握りしめた。

 「うおおおおおッ!」

 叫んだ。

 思いきり。

 力の限りに。

 それは、人生の勝者としての雄叫びだった。


 「勇者トーイよ」

 国王が眼前にひざまづく若き勇者に向かって声をかけた。

 「はっ」

 と、トーイはひざまづいたまま答える。

 国王は、そんなトーイに向かって語りかけた。

 「最も強い勇者が、最も強い武器を使い、最も強い魔王を倒す。それこそが、我が国の伝統。我が国はその伝統にのっとり、魔王が表れるつど勇者たちを競わせ、優勝者に伝説の勇者の装備一式を託してきた。そうして、魔王を倒してきた。その歴史、存じておるな?」

 「はい」

 「よろしい。そして、勇者トーイよ。汝こそが此度の大会の優勝者。いま、汝に、伝説の勇者の装備品一式を貸し与える。この剣を、この盾を、この兜を、この鎧をもって、魔王を倒すのだ。唯一無二の存在、勇者王として」

 「御意!」

 トーイは全身全霊をもって答える。

 万雷の拍手のもと、伝説の勇者の装備品一式が運ばれ、トーイに手渡される。トーイがその剣を、その盾を、その兜を、その鎧を身にまとったとき、会場の興奮は最高潮に達した。

 新たなる勇者王の誕生だった。


 「……トーイ」

 トーイが勇者の装備品を身につけ、魔王退治の旅に出発しようとするとき、遠慮がちにその名を呼んだ娘がいた。

 ハルシャ。

 トーイの幼馴染み。かつては、恋い焦がれ、将来を夢見た相手。そして、いまでは――。

 デュイの婚約者。

 「トーイ」

 と、ハルシャはかつての幼馴染みに言った。

 トーイはそんなハルシャを冷ややかな目で見据えた。ハルシャがいままで見たこともないほどに冷たい視線だった。

 「なんの用だ?」

 「な、なんで、そんな言い方をするの? わたしたちは幼馴染みじゃない。将来のことも誓いあった……」

 「その通りだ。たしかに、おれはお前のことが好きだった。ジル族の出として誰からも蔑まれるおれに対し、お前だけは優しくしてくれた。誰にも相手にされず、たったひとりで剣を、魔法を、学問を学ぶおれを励まし、応援してくれた。そんなお前がおれは大好きだった。愛していた。お前と将来を共にする気でいた。だが……」

 そう言ってハルシャを見るトーイの目。そこには、はっきりとした嫌悪と蔑みの色が浮いていた。

 「お前は、デュイを選んだ。おれを裏切り、デュイの婚約者となった。そのお前がいまさら、おれになんの用があるというんだ?」

 「そ、そんな……。あのときは、デュイに強引に迫られて……」

 「理由などどうでもいい。お前がおれを捨て、デュイを選んだのは事実だ。自分で選んだ道だろう。それを貫くんだな。デュイの側にいけ。おれには二度と近づくな」

 その言葉を残し――。

 トーイはハルシャの前から去った。永遠に。あとにはその美しい顔を寂しさと後悔とに歪ませたひとりの娘が残された。


 「トーイ」

 ハルシャの前から去ったトーイを、三人の娘が迎えた。

 戦士エリスナル。

 神官リュークサル。

 魔導士シール。

 いまや勇者のなかの勇者、世界でただひとりの勇者王として、魔王退治の使命を託されたトールとパーティーを組む仲間たち。他の男には目もくれずただ自分ひとりを一途に、ひたむきに愛してくれる娘たち。そして――。

 トール自身が心から愛する娘たち。

 トールは愛する娘たちに微笑んだ。どこまでも優しく、愛情の満ちた笑み。

 デュイを思うさまにぶちのめし、ハルシャを捨てたいま、トールの心のなかには、あのふたりのことなどどこにもなかった。

 あるものはただ、自分を愛してくれる三人の娘に対する愛。

 そして、世界でただひとりの勇者としての使命感。

 「さあ、行こう」

 トールは大切な仲間であり、愛する娘たちに向かって高らかに宣言した。

 「これからが、おれたちの本当の戦いだ。勇者王として魔王を倒し、世界に平穏をもたらすんだ」

 「ええっ!」

 エリスナル。

 リュークサル。

 シール。

 三人の娘は一斉に答えた。

 そして、トールと三人の娘は旅だった。

 魔王を倒し、世界に平穏をもたらす旅に。

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