第9話 沈黙リカバリー

「……」


 ファミレス、歓迎会、仲良しのパーティー。

 この言葉から連想されるのは、とても和やかなムードだろう。実際に、先ほどまではそうだった。


「あら、声も出ないのかしら」


 ファミレスにいる他の客が何も気にかけず食事を楽しんでいる間、少女達の目の前にいる小さな妖精は優雅に足を組みなおし、この場にいる四人を見下していた。それに対し、彼女達は顔に苦しそうな表情が浮かんでいる。

 現にその妖精からは、信じられないほどの圧力、常人ならば吐き気を催すほどの魔力、その両方が四人に向けて掛けられていたからだ。


「……っよ、よろしく……お願いします……」


 先ほどまで元気いっぱいだった湊が敬語を使い始める。


「ははっ……夢でも見ているんですかね。向こうに綺麗な川が見えます」


 美央は天を仰ぎ、三途の川を見る。


「よろしくお願いしますね~」


 悠々はいつも通りの調子を取りつくろう。


「ごぼぼぼぼ……」


 歩夢は気絶をする。

 実に四者四様の反応ではあるが、妖精に対し危機感に近い何かを持ったのは確かだった。

 その中で、湊はこのままの空気ではまずいとアクションを起こす。


「よし、何……何か、注文しよっか……です」

「っは!?湊さんが敬語を!?」


 片言の敬語を発しながら、話題転換をしようとする湊に対し、美央が目を覚ましてリアクションをする。


「ええそうね」

「そうですね~。自己紹介も終わったことですし、一先ずご飯にしましょ~。私なんだか疲れちゃいました」


 気絶した歩夢を放置して、少女達は注文用のタッチパッドを取り出し、各々の食事を注文する。

 そして、最後に妖精が何を注文しようかとタッチパッドを操作するところで、一人が気まずさの限界に達したのか、声を上げた。


「天精……氷ちゃん、さん――だあぁぁ!!言いずらい!あだ名付けたい!でも何かさっきの見せられてから気まずいしある程度距離置いた方がいいのかなって!ううぅ……!」

「湊さん、心の声漏れてます」


 普段思ったことをそのまま口に出すタイプからなのか、湊は自分が思っていた事や、みんなが心の内に留めて置いていたであろう事まで一切隠さずに言う。

 美央がいつも通りツッコミを入れた後、妖精はタッチパッドを操作しながら呟く。


「随分と正直ね」

「うう……うちの湊さんが粗相を……」

「気にしていないわ。パーティーなのでしょう?私はあくまでも魔物。だから危険だということも、いつ裏切るかということも分からない。あなた達にはその危機感を認識して欲しいだけよ」


 先ほどと一転し、妖精は圧力を控え、魔力を極限まで抑えて、見た目に合う柔らかい声で話す。それでも細かい所作や立ち振る舞いは先ほどと同じようなもので、湊や美央もそれを見ているのか、まだ姿勢が固くなっていた。

 それを横目に流しながら、妖精は言葉を続ける。


「取扱説明書のない薬品はそう簡単に扱えないでしょう?でも扱い方に慣れればある程度は気楽に扱える。だから二人とも、一旦肩の力をぬきなさい」

「ふふっ。アクちゃんは二人のことをよく見てますね~」


 悠々が放った一言に、妖精の動きがまるで驚いたように固まる。


「アク、ちゃん?」

「はい。付けた理由は、確か攻略者組合――ああ、簡単に説明すると私達攻略者が所属しなければならない団体、企業みたいなものですね――そこが掲示しているジョブ一覧表に『アークウィザード』と呼ばれるジョブがあるんですよ」

「ゆゆちゃん、もしかしてだけど……」

「はい。そこから取りました~。アクちゃん、戦闘スタイルを見た感じアークウィザードって感じがしましたからね~。でもバッファーですか……ちょっと勿体無いですねぇ~……」


 悠々が名前の由来を語る間、湊と違い、一度も口を挟まなかった美央がプルプルと震え、やがて我慢の限界に達する。

 妖精はそれを見て察したのか、再びタッチパッドを操作し始め、『チキンサラダ』をカートに入れた。


「い「それ、すっごくいいじゃんね!」……は?」


 そして美央がいくら何でも名前が安直過ぎると伝えようとした瞬間、湊の肯定の言葉でかき消された。


「湊さ……湊ぉ!!ボディード低級身体強化魔法!!」

「美央ちゃんごめ、って!?ベアクローはいでででっ!?折れ!骨おべべべ!!」


 自分の意見がよりにもよって湊に阻害された事により、美央は冷静さを失って実力行使に出る。

 魔力によって身体しんたいを強化し、渾身のベアクローを湊の顔に喰らわせる美央の姿は、いつも通りの調子に戻っているようだった。


「これ、頼んでいいかしら」

「はい、どうぞ~。……意外と食べるんですね。食材はヘルシーなのばかりですが」

「あら、妖精だからクッキーひとつで満足するように見えたかしら」

「いえいえ~。むしろどんどん頼んでいいですよ~」


  一方、妖精と悠々は二人の喧嘩を無視して会話をする。


「あ、アクちゃん。後でダンジョンに行きませんか~?色々と教えたい事があるので、難易度は低めのダンジョンになりますが」

「いいわ」

「――ナマムラノミガゴグモマノギュフィンフィン!?」


 湊と美央の喧嘩の雑音や、妖精と悠々の会話声によるものか、歩夢が人語とはかけ離れた奇声を上げながら目を覚ます。


「あ、歩夢ちゃんおはようございます~」

「ごっ……今なん、何時!?」

「落ち着いて聞いてください。まだそんな時間は経っていませんよ~」

「よ、良かった。えと、今どんな状況――」


 その後も歓迎会とは言えないほのぼのとしたムードで。天精氷のパーティー加入歓迎会は進んでいく。

 そして当の彼女……彼はというと――


(これ、ミステリアスムーブ成功したでいいんだよな?あっ美央ちゃんが湊ちゃんをソファに押し倒してる尊い^^)


 歓迎会を楽しんでいるようだった。

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