第一章『罪を司る聖杯』

第7話 前兆ステンバイ

今回、他人視点オンリーです

――――――――――――――――――――


時は遡り、『彼』が『彼女』として目を覚ました頃。


「――この気配は……」


 暗い部屋の中、何かを感じ取ったように一人の男がそう呟く。

 男は一人用のソファに足を組んで優雅に腰掛けていたが、呟きと共に身体を前に起こす。

 男はどこからか複数の透明な板を出現させ、そこからおびただしい数のモニターを表示させた。


「この気配、このざわめき……【強欲の聖杯】の所持者が現れた、ということか……」


 再び言葉を呟きながら、男は無数のモニターから何かを探し出し、やがて一つのモニターで目が止まる。


「この妖精……微かに聖杯の気を纏っている……」


 そのモニターには、キョロキョロと辺りを見渡している小さな妖精がいた。

 それを見た男は無数のモニターを一瞬で消し去って、妖精の映るモニターだけを残し、椅子から立ち上がり背後を向く。


 そこには色は違えど、地球の霊峰にあったはずの聖杯が照明のついたガラスケースに飾られていた。

 男はガラスケースからその聖杯を手に取り、後ろに放り投げる。すると魔法陣が聖杯の先に出現し、聖杯を飲み込むように拡張領域――都合のいいアイテムボックス――に入れ、この場からいなくなった聖杯と共に消え去る。


「たった今、この世界に七つの聖杯は揃い、この洋上都市に蒔かれた種は芽を咲かせ、絡まり、結びつき、複雑に捻れていくだろう。ならば一つ、私の方から仕掛けてみようか」

「パチンッ」


 男が指を鳴らすと、部屋の扉が開き、光が差し込む。

 空いた扉の先には、ヴィクトリアンスタイルのメイド服を着た女がいた。


「ご要件は」

「雨宮コーポレーションと電話を繋いでくれ」

「かしこまりました」


 男は不敵な笑みを浮かべる。


「ククッ……これから起こる波乱の数々に胸が躍りそうだ」



☆★☆



「それで?サポート、と一括りに言っても何をするのかしら?」


 目の前にいる妖精……天精氷と名乗る妖精は私にそう言う。

 幼さを保ちながらも西洋人形のような完璧に整った顔立ちに、底の見えない不思議な水色の瞳。そしてドレスのようなものから羽織っているカッパ。

 しかし、子供にしか見えない見た目とは裏腹に、掴みどころのない態度、僅かに漏れ出る濃密な魔力と覇気を纏う、怪物という言葉がよく似合う


 彼女達攻略者パーティーは未だビクともしていませんが、私がここに長居すると魔力や覇気で悪影響を受けるかもしれませんね。

 さて、それならばまずは話すべきことを――


「それは「そんなことよりさ〜」」


 ここで横槍を入れますか湊さん……。


「天……精氷?ちゃんの加入を祝して、パーッと歓迎会にいこうよ!あ、経費は勿論三月ちゃん持ちね!」


 私はため息をつきながら、水なしでも飲める胃薬を取り出してそのまま飲み込み、私が天精氷さんに渡そうと思っていた資料を渡します。


「これは?」

「こちらはお伝えすべき内容を纏めたものです。空いた時にご覧ください」

「ええ、分かったわ」


 天精氷さんは私を気に掛けているのか、心なしか優しい目つきをしてきます。

 魔物にも思いやりがあるとは意外でしたが、今はその気づかいが身にしみますね。


「ほら!天精氷ちゃんも行くよ!」

「天精氷さんごめんなさい。こういう時の湊は本当に言う事聞かなくて……あっ、自己紹介まだでしたよね私は「ほら美央たん行くよ〜!」……後ほどお話しますね」


 結局彼女達は真面目な空気を乱すだけ見出して、応接室を出ていきます。


「ふぅ……」


 私も一息ついた後に立ち上がり、室内の電気を消してから応接室を出ました。


「上には……」


 応接室から出た後、天精氷について上への報告をすべきかどうか、私は迷います。

 正体不明の魔物を政府が管轄している建物に呼び込み、あまつさえ政府直属の攻略者パーティーに組み込む。

 念のため天精氷さんの姿は見えないように簡易な包囲網を張り、他人からの認識を阻害する魔法を掛け、部隊は私を信用してくれているメンバーで編成はしましたが……これで秘匿が出来ているかどうか。


「それでも……」


 どんな性格の人でもいいから優秀そうな人材を探して抜き、せめて日向内のアナザーゲートの発生率を基準値に抑える。

 そう、アナザーゲートの発生率を調節し、アナザーゲートによる被害を減らすことこそが、私に課せられた『日向防衛長』という役職の……私の仕事。

 ならば多少グレーな手を使おうとも達成しなければならないのが、大人として、政治家としての義務でしょうか。


「はぁ……」


 とは言っても、最近は凶悪犯罪の件数が増えたり、アナザーゲートの出現率が増加傾向にあったり、攻略者を養成する複数の専門学校同士の仲が悪かったり……さらには世界に厄災をもたらす七つの聖杯が揃って揃ってしまったとの報告も聞きます。


 これでは胃がいくつあってもストレスに耐えられるかどうか……。


「……まあ少なくとも、彼女達が少しでもこの問題を減らしてくれれば――おや」


 ふとガラス張りの壁から下を見下ろすと、くだんの彼女達が見えます。


「見えるはずの天精氷さんが見えない……認識阻害魔法を使うぐらいの心遣いはあったのですね」


 遠くから見ているので顔はおろか姿形もよく見えませんが、それでも楽しそうにしていることはよく分かりました。

 ……サポート役の天精氷さん含め、これから頑張ってほしいものですね。

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