第10話 封じられたレシピ

翔太とリナは、ついに目の前に差し出された微細たこ焼きをじっと見つめていた。そのたこ焼きは、あまりにも小さく、まるで見逃してしまいそうなほどだった。だが、その小さな姿からは、不思議な力が感じられた。焼き上がった瞬間から、二人の心に緊張が走る。


「さあ、食べてみなさい」と、料理人は静かに促した。その声には、彼らが体験するであろう出来事を知っているかのような、重みがあった。


翔太とリナは、お互いを見つめ合い、意を決してたこ焼きを手に取った。リナが先に口に運び、その後すぐに翔太も口に入れた。


微細なたこ焼きが口の中で溶けていく。その瞬間、彼らの目の前に広がったのは、ただの味ではなかった。たこ焼きの外見からは想像もできないほどの風味が一気に広がり、同時に、心の中に封じ込められていた記憶や感情が急速に引き出されていく感覚が押し寄せてきた。


翔太は一瞬目を閉じ、頭の中に浮かび上がる景色を見つめていた。突然、彼は子供の頃の夏祭りの記憶に戻っていた。そこには、かつて出会った屋台と、微細たこ焼きの断片的な映像が浮かび上がる。


「これは…あの時のたこ焼きだ…」翔太は驚愕と共に呟いた。


彼は忘れていた記憶の中で、幼い自分が微細たこ焼きを食べた瞬間を思い出していた。しかし、その記憶は不完全で、途中で何かが途切れていた。確かにそのたこ焼きを口にしたはずなのに、その後どうなったのか全く覚えていない。記憶が突然途切れ、何も思い出せないのだ。


リナもまた、自分の中に押し込めていた感情が次々と蘇ってきた。彼女は幼い頃から、人の期待に応えなければならないというプレッシャーに苦しんでいた。両親の厳しい教育の中で自分の本当の気持ちを隠し続け、誰かに認められるために生きてきた。だが、この微細たこ焼きが、その偽りの自分と真正面から向き合わせた。


「私は…誰かに認めてもらうために生きてきたの?」リナは声を震わせながら、自分の内面に問いかけた。


「微細たこ焼きは、自分の心を映し出す」と言った料理人の言葉が現実となり、二人は自分自身の心に潜む本当の姿と向き合っていた。これまで無意識に避けていた感情や記憶が、はっきりと目の前に現れたのだ。


「どうして、俺はこの記憶を忘れていたんだ?」翔太は困惑したまま、再び自分の過去に目を向けた。しかし、その時、彼は突然、胸の奥に強い違和感を覚えた。あの時、何か重大な出来事が起きていたはずなのに、どうしても思い出せない。まるで誰かがその記憶を意図的に封じ込めたかのようだった。


リナもまた、自分の中に溜め込んできた不満や恐れが爆発しそうなほどに膨れ上がっていた。誰かの期待に応えるだけの人生ではなく、本当の自分が何を望んでいるのか。それを知るために、リナは自分の心の奥底と向き合わなければならなかった。


「この微細たこ焼きは、ただの食べ物じゃない。本当に、自分と向き合わせるものなんだ…」リナは震える声で言った。


料理人は二人の様子をじっと見つめていた。彼は何も言わず、ただ二人が心の中で何を見つけるのかを待っているかのようだった。


「でも、どうして俺は記憶を失ったんだ? 何かがある…何かが俺の記憶を消したんだ」翔太はさらにその違和感を掘り下げようとする。


すると、料理人は静かに口を開いた。「微細たこ焼きのレシピには、特別な秘密がある。そのレシピが正しく作られなければ、食べた者の記憶は封じられ、真実を見失ってしまう。君が過去に出会ったたこ焼きは、完成していなかったのかもしれない。」


「完成していなかった…?」翔太は驚いた。「それじゃあ、俺の記憶は…」


「そうだ。君が食べたたこ焼きは、未完成だった。それが原因で、君の記憶が封じ込められてしまった。だが、今、君は再びそのたこ焼きと向き合った。もう一度、自分の中にある真実に向き合う時が来たのだ。」


翔太はその言葉を聞いて、全てを理解した。彼の記憶が失われたのは、たこ焼きが未完成だったからだ。だが、今度は違う。彼はその真実と正面から向き合う覚悟を持っていた。


「俺は、もう一度、自分の過去を見つける。そして、自分の本当の心と向き合うんだ」と翔太は決意を新たにした。


リナもまた、自分自身と向き合うための強い意志を持った。二人は、微細たこ焼きがもたらした影響に導かれ、それぞれの運命を歩み出す覚悟を固めた。


第10話では、翔太とリナが微細たこ焼きを口にし、自分自身と向き合うことを迫られる中、翔太の記憶が封じられていた理由が明らかになります。次回では、彼らがその真実にどう向き合い、どのような選択をするのかが描かれます。

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