それはまだ未報告な、事。概略ではなく、真実(心実)を一つだけ。


「龍哉様がこれほどこちらに来て衰弱するほど、清瀧の馴染みの店で【護ろう】とされたのは…」

「…くろはし……」

「黒橋」

「神龍の組継ぎとしての矜持」

「!」

「組長様、会長様の御名を汚してはならない。清瀧の可愛がり、しかも狂った【それ】。龍哉様を神龍組継ぎではなく無意識に後輩として扱う、側つきの態度に龍哉様はおごりを見た。堅気からの中途参入、しかも若より年下、後輩の学生。ならば自組の若の感傷のにえにしても構わないと判断されたのだと。たとえそれが無意識でも、あるいは及ばない認識不足の産物であろうとも。…それを許してはならない」

「……」

「だから好意の押しつけの受け入れを拒否した。つぐんだ唇に砂糖水を無理矢理押し付けられるような真似をされても高い矜持を守り抜いた」

「くろはし…」

「隆正様、龍三郎様の為に」

「…龍哉…お前…」

清瀧あちら側から見た【可哀想・・・後輩・・】を受け入れれば。【他組の若である自分】を無意識に下にみる側つきに膝をつくことになる。【上に立つ】ならばそれは禁忌だ。それを龍哉様は良しとされなかったのです」

「……清瀧の若の側付き筆頭はいつもはね、やさしくて、ていねいな良い人。極道だから、良い人もおかしいけど。でも、あれは鈍い」

「!」

「生意気で、ろくでもない、ガキのくやしまぎれかもだけど。下から上をずっと変わらずに崇拝して、仰いできたやつが落ちそうな穴に落ちてるよ、あれ。一応、一番年上だけど。俺の横にいる男の足元にも及ばない。古い気持ちを、考えを護ることも大事。だけど、常に磨きを入れていなければ、駄目になる」

「龍哉様……」

「内緒だよ。また仲良くなりゃ、顔に出さないし、言わないし、丁寧な口きいてやる。…わざと、さん付けで。先輩の前でも褒めて敬ってやるさ」

「龍哉」

「俺には今護衛さんはついてるけど固定の側つきいないけどさ、俺がもしも持つなら絶対に嫌だ。あんなにぶちん。

神龍で俺の周りに居てくれる人が、聡い人が多いのかもしれないけど。……父さんには感謝してる」

「……龍哉…(笑)」

「…若…(笑)」

「でもいまはオトナな対応むりむり、半径五キロ以内にも寄せたくない。…からいかな?」

「甘い」

「激甘です、若」


和やかな空気が漂う。けれど、不意に。

龍哉様は眉を顰めて、少し苦しげになる。


「……くろはし……」

「……すみません、隆正様。若は少しお疲れに……」

「龍哉。分かった。また何かあれば報告をな。…一杯話してくれたんだな、会えないぶん」

「ごめんね、父さん」

「……気にするな。明日美もまかせろや。抑える」

「うん」

「黒橋、龍哉を頼む」

「はい」

「…母さんには…伝えて…」

「龍哉」

「『まってて?』って」

「……っ…」

「『笑顔で帰るから、待っていて』って」

「…………。伝えるよ、かならずな」


『絶対に、伝える』と、聞こえてきた声は、かすれていた。

おそらくは濡れているだろう頬を伝うものを、証すような、掠れ声。


電話は切れたけれど。

お互いの想いは切れていない。

それが、少しだけ、羨ましかった。

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