龍哉様は、枕のそばに常備した鎮静用の漢方薬と、呼吸を楽にする効果のある漢方に手を伸ばして、水でゆっくりと飲み下し。

布団に横になる。


そのタイミングで、俺は液晶をタップし、隆正様の回線に繋ぐ。


すぐに隆正様は出られた。


「……黒橋か」

「…はい」

「…今、丁度よかった。明日美が病院に出かけたところだ。神経が参った、と久保寺の紹介だそうで」

「ご実家の…」

「ああ、二時間は戻らん。ちなみに俺は今私室にいる」

「……それは良うございました」

「ここには明日美すら入れん」


神龍組長の私室は組長家族生活スペースの自室とは別にある。


「隆正様、明日の、面会についてですが」

「……聞こう」

「一時間のご希望に、十五分、ご舎弟さま方は車内待機。護衛は一人のみ待機室。それが通らなければ順延。と申されていました。初めは。…ですが現在は、更に隆正様との単独面会を強く希望なさっていらっしゃいます」

「………っ…」

「父さんは明日美さんを連れてくるだろう。でも『あいたくない、いやだ』、『完全に父さんだけなら良いけど』と」

「!」

「…龍哉」

「隆正様には、お分かりになると思います。龍哉様は今、【両親というかたち】をご覧になりたくないのです」


事情も人も変わっていても【息子のために哀しみにくれる両親のかたち】をその眼に入れたくない。

連想してしまうから。


「………」

「隆正様ならば、無言で分かってくださる。それが血のなせる業でも、この世界の男としての理解であっても」

「……ああ」

「ですが、女の情、女のこころと言うものは」

「…続けていい」

「有難うございます」

「何故?と聞く。なぜ辛いの?話して?と【触ろうと】する。血の流れている傷口が、かさぶたになる前に」

「……黒橋」

「もちろんそのお優しさ自体が悪いわけではない。けれども、それは男が理解しえない優しさで。普段ならば明日美様も自制されている」

「ああ」

「けれど、あの【ご連絡】当時のままのようですね。神経が参って、ご通院ならば」

「………」

「神龍ご本家でお世話になりながら、生意気とお叱りを受ける事は分かっておりますが。この二週間、若のお世話につかせていただいた者として、申し上げます」

「……」

「申し入れさせて頂いているのは組長、会長単独面会。血縁の【男性のみ】。女性は【条件】からはずれます。例外は…無理でございます」

「!」

「はっきりと申し上げますと、本家へお電話をと申し上げただけで呼吸浅く、鎮静薬を服用されました」

「…側にいるのか」

「龍哉様のお布団の横でお電話させて頂いておりますので」

「……そうか」

「明日美様は一緒にこちらに参られたら、制止をふりきられますよね?どんなに止めても。今の状態なら」

「ああ…」

「おそらくはついてくるなと止めても。跡をつけるくらいは、なされる」

「………」

「隆正様はこちらの事情が分かれば。本気で止めてくださる。会長様のお言葉をご理解頂けていると、信じております」

「……明日美の携帯を取り上げたのは俺だ。俺自体の携帯ごと、今は別場所に保管している。明日美には絶対に手が出せないように」

「有難うございます」

「専用回線にかけてくれてありがたい。お前も電話を変えたようだな。余計な散財をさせて済まん」

「…そう言って頂いて有難うございます」

「……分かった。俺の面会は無しでいい。会長のみの面会にして貰いたい。

…龍哉が【苦しくない】のが、一番だ」

「隆正様……」

明日美アレに場所が知れれば、毎日行くだろう」

「……不敬は承知の上で申し訳ございませんが、ゾッと致します」

「……俺も思う」

「隆正様。…ようやく、二時間は身を起こしているのが可能になり、夕食には柔らかいお魚やお肉などを吐き戻さず、普通に召し上がれるようになり。読書やお勉強を来週より考えようか、そういう時期なのです、龍哉様は」

「……龍哉…」

「龍哉様も…本当は、隆正様にはお会いになりたいと思います」

「………っ……」


横になられている、龍哉様の表情が苦しげになる。


「私でよろしければ、専用回線にご様子をお知らせ致します。…ただ、それは明日美様には会長様経由ということにして頂き、この会話もやり取りも秘匿して頂くことが必要となりますが」

「わかった」

「畏まりました」


とお答えしたところで。シャツの袖を、引かれる。


「龍哉様」

「……代わって」


細く、小さな声。


「…畏まりました、ご無理はなさらず」

「…ん…」

「隆正様、龍哉様がお話されたいそうでございます」

「……龍哉」


龍哉様の手にそっとスマホを持たせる。

会話をスピーカーにして良いかとの許諾を取った上で。


「とうさん」

「龍哉…」

「ごめんね、…飛び出していってあのまま…帰れないで」

「…龍哉」

「爺様に……叱らせて。父さん、悪くないのに。俺に黒橋をすぐにつけてくれた。すごく感謝してる。黒橋だって、いそがしい。何度も寄越してくれるのが普通じゃないのは分かってる。こうやって一緒にずっといるのも…」

「龍哉」

「…母さんだって…」

「龍哉様」

「大丈夫。……母さんが【動揺してる】のは分かってるけど…いまはムリなんだ。…いやだ。あいたくない、…父さんや爺さまには会いたいけど、かまわれるかと思うと、…気持ち悪くて……母さん…きらいじゃない。心配なのに……いまは、今だけは…顔も見たくない」

「……清瀧の若造か」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る