龍の復調──後遺症──

───半月後。


ようやく第三者と会うことが可能な時期に入り。

とりあえずは組長と、会長が日を分けて訪ねることとなり。組長が先、会長が後、ということになって。


組長訪問日の前日──。

俺と龍哉さんは細かい体調調整と思考の擦り合わせに余念がなかった。龍哉さんは布団の上に身を起こしている。


「隆正様のご滞在時間は一時間が予定されていますが」

「……十五分」

「畏まりました」

「舎弟は車で待たせろ。護衛は一人。玄関入ったら待機室」

「はい」

「これを厳守できないなら、先延ばしでいい」

「はい」

「親父の若手のお前には申し訳ないが」

「大丈夫ですよ、龍哉様、お気遣いなく、お気持ちのままに」

「…うん」

「おそらくは、…明日美さんが一緒に来たがる」

「………」


組長、会長には単独面会をお願い申し上げている。

龍哉様の【血】に連なるお身内・・は、そのお二人のみだから。


ご本家には最初、一週間は見ていただきたいと申し上げたが、とてもではないが、一週間程度では龍哉様を俺以外に【会わせられる】状態になど持ってはゆけなかった。


俺と、完全に客扱いを貫いてくれる宿の人間には龍哉様の拒否反応は出なかった。


だが心配が勝ったのか、龍哉様が意識をはっきりと戻されましたとお知らせした途端に隆正様、明日美様からのご連絡が入るようになり。

特に明日美様の頻度は高く。段々と、おかしくなっていった。宿に来て龍哉様の意識がまだはっきりしない数日はまだ【通常対応】だったのに。




龍哉様のご療養に支障が出始める。

細かい震え。フラッシュバック、嘔吐。

ようやく静かなところでお身体を休めて、お気持ちも上向きに少しづつ少しづつ向かれていたものを。


あのご夫妻は情が深い。

だからこそ、俺も引き受けて下さったのだろう。

だが。


情けが仇にもなるものなのに。


判らないでもない。

諦めていた【子供】が、息子が、出来た。

引き取ってからは約二年程の付き合いでも、伯父や義伯母では無く、我が子。


その我が子に起きた【悲劇】。

巻き込まれて心と、体の調子を崩した【我が子】。


まだ、隆正様は龍哉様の幼いながらの矜持を汲み取る事は極道の長として容易たやすい。

己を抑えることも、松下さんがいれば大丈夫だろう。

そして、事実、松下さんにご連絡して。隆正様のご連絡は片手に満たぬほどの数回でおさまった。

ただ。

明日美様は。

他の者には姐御として効いている抑制が、我が子の一大事に飛んでしまっているのは、明白めいはく


本家用の俺の携帯に何度も連絡を入れてくる。

ある程度回復するまでは場所も内密、面会は謝絶と伝えても。

隆正様はご納得されていますと伝えても。

無駄で。


さすがに隆正様も。

本家用の携帯には出なくて良い、とおっしゃられた。

それでも連絡自体は止まない。回数はエスカレートするばかりなので。


仕方がない、と。

龍三郎様にご連絡を差し上げ。龍三郎様はすぐに、


『自分の女房も御せないか?地に伏して切り裂かれた翼をゆっくりと癒やす幼鳥を、撫で殺しにさせる気か?』


と隆正様に。


『貴女のそれは靖文やすふみ(清瀧会長)の孫のやり方と何が違う?撫でくりまわされて喜ぶ雛と、撫でられ過ぎれば弱る雛の区別つかずして、何が姐御か。何が【母】か。

構われずに育った捨て雛とて、飛ぶ空の自由は選べるものを。…寒水かぶって自省せよ、【親】になりたいのなら』


と、明日美様に。


言ってくださったらしく。

途端にぴったりと電話は止んだのだが。


「………」

「……龍哉様」

「あいたくない」


呼吸が乱れてくる。微かに。


「…龍哉様」

「完全に父さんだけなら良いけど」

「………」

「…いやだ」

「龍哉様」

「……だめなんだ…」

「龍哉様…」

「確かにあの御曹司主従の【お構い】はトラウマになってるさ。ウザくて、気持ち悪くて余計なダメージ加算しやがって腹立つ。だけどあの主従には公的にも私的にも後でいくらでも八つ当たり、教え直しができる」

「……龍哉様」

「明日美さんの電話。確かに清瀧の若みたいだよ。でも、【ちがう】」

「………それは」

「きっと、黒橋。…お前の考えている事と俺の想いは同じだ」

「判りました」

「…黒橋」


俺はスーツの内ポケットから、本家用の携帯ではなく、新たに契約したスマートフォンを取り出す。


勿論、これも処理済みだ。GPS追跡、位置情報取得は不可にしてあるし。

こちらに来るときも、ありとあらゆる【アトたどり】ができないようにして来たし。


新しい機器はそういう意味でのセキュリティ性のたかいもので選んだ。

加工も済んでいる。


「…隆正様専用回線におかけ致します」

「…っ」

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