にと、はんぶん

臥龍《がりゅう》

俺が用意した宿についてから、二日間。

そのほとんどを龍哉様は夢の中で過ごした。


水分だけは切らさずに。

食事はお粥。と、いうか、重湯おもゆ(粥を作るときの上澄うわずみ。ほぼ液体)に近い。


身体は意識が束の間浮上された時に温タオルでお拭きして。

衰弱した身体は吸収が先なのか、お手洗いを望まれる事も少なく。


目を開けて、最低限の生存に必要な摂取を終えると、昏睡されるように、眠られる。会話は、不可。


神龍ご本家、別宅にはご連絡を差し上げ、学校休学諸々の手配はとりあえず、半月(二週間)。延びるようなら一ヶ月という事で話はついた。学校関係者の話では学年成績優秀者の十位以内に入っているので、半月は課題免除、自習さえしていただければ問題ないのでは?とのこと。


やはり抑えてもメディアで数日は騒がれると言う話でございますし、桐生様にも被害生徒御家族に取りましても……と濁す、おそらくは教頭であろう男の声は学校の体裁半分、保身半分だろうが、うまいたわりの皮をかぶったもので。

こちらとしては、腹の立つものではなかったので。

大まかを決めて再度組長、姐御に通し。


許可を頂いた。

これからの幾日か、もしかしたら週に渡って。

龍哉様をお預かり致したい。

少なくとも一週間は、本家、別宅のご親族であろうと面会は謝絶とさせて頂きたいと。出来ますれば、場所も秘したいと。


隆正様、龍三郎様からは即決でだく(OK)の返事が。明日美様はご心配なされたようだが、隆正様のなだめが入ったらしい。



目の前に横になっている少年は意識を無くしていても、下唇をたびたび噛みしめる。


その頬を撫ぜ。

髪を撫でて、落ちつかせる。


そんな事が二日も、続いたのだ。



「……くろはし?……きょうは、…あれ…から……なん…にち……?」


小さな、意味のあるつぶやきが彼の唇からこぼれたのは、三日目の、早朝。


「……龍哉様……?」

「…くろはし」

「三日目の、…朝でございます。…龍哉様」

「……ずいぶん、ねたな」

「……龍哉様…っ」

「きたのは、おぼえてる」

「……っ」


いっそのこと、ずっと、意識を無くしていたなら。

でも宿の駐車場についたBMWの中で目を覚まされたこの方が崩れるようにまた夢の中に入っていかれたのは、俺に背負われて部屋に入り、布団を用意されて、着替えを終えた、後だった。


「…てはずは?」

「学校は……」

「いつまで?」

「とりあえず半月、長くて一ヶ月」

「…そうか。いっしゅうかん、は。むちゃだな」

「………」

「ほんけには」

「お知らせ致しました。手配につきましても」

「……そうか」

「面会は少なくとも、一週間はご血縁でありましても、謝絶。場所も秘したい、と」

「……くろはし…」

「…ご許可おりましたので、望まれるまで私ひとりがお側に居ります」

「……ありがとう」

「宿の者の手は借りてしまいますが」

「それはかまわない」

「龍哉様」

「まわりに…いま…」

「龍哉様…」

「…くろはしいがいは、よせたく、ない」

「龍哉様」

「【あのとき】より…ぶざまだけど」

「!」

「いまはきちんと、【ぶざま】だから…」

「……龍哉様…っ」

「ゆうたの、ごりょうしんの…まえで…おれは…ぶざまを、かたれないほど、あまえて…いた」

「……っ…」

「それだけは……わかる。だけど…いまは…そばにいてくれるなら…おまえだけで…いい」



ゆっくり、言葉をつむぐ、それさえ。

いまはどれだけの負担が、少年にかかっているだろう。


「お側に居ります。…ですから、ご無理をなさらず、おやすみなさいませ」

「ん」

「……夕方にもう一度、お声がけ致します」

「わかった」

「すこし、席をはずしますが、すぐに戻ります」

「せわを、かける」

「いえ」

「ねむれそう、だから。ようじはむりしないで、ゆっくりで、いい」

「……っ」

「……おやすみ」

「…おやすみなさいませ」


俺を気遣い、目を閉じてみせる少年の横顔はあまりにもいとけなくて、胸が、痛んだ。





離れともいえる、独立した小さなむねに用意された龍哉様のお部屋から離れた、本館の渡り廊下で。


「そうか、話せるまでに、意識を戻したか」

「はい」

「隆正にも告げておけ」

「はい、様子を見させていただき、あちら様には明日」

本家あちらに先に告げたようにな?」

「…かしこまりました。このお電話は会長様より頂戴した携帯でかけておりますが、あちら様にはあちら様用のものが有りますので」

「……お前も神龍の男だな、黒橋」

「…はい。取り急ぎ、ご一報までと思い、会長様に急電させていただきましたが、これよりはまた通常の本家伝いのお知らせに戻させていただきます」

「それが良い」

履歴イトは辿らせませんので、ご心配なく」

「ああ。……世話をかけるが、よろしく、頼む」


伝手つては表裏一体。

どちらを表裏とは決めてはいないが。


この宿。

祖父が生前懇意にしていた。

両親すら、知らぬ宿。


“お前にはな”


と縁を残してくれた。

けれど、元は、おそらく。


俺が場所を秘しているのは、きっと本家にだけだろう。

探らんよ、と最初の報告で言ったのは、会長様は【知って】いるから。


本家にも探らせない。きっとそんな意味も含めて。

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