ああ。この方は。変わってはいらっしゃらないのだ。


あの時と。


俺の胸は密かに震える。

一年ほど前の本家廊下で、馬鹿達に絡まれた際、

虎の威を借る、と言われて激昂した少年。


『俺をけなすのは構わねえよ。だけど、そこに親父や爺さまを出されたら言われ損にしとく訳にはいかねえ。俺を通して【上】を貶す事を放置すりゃ、下にそれはどんどん広がる。石田にいた時とは違うんだ。火は親に行く前に子が消さなきゃいけねえと』


言い切った龍哉様の言葉は胸に刻まれている。


【神龍の若】と呼んで、あの料亭みせに保護したくせに。清瀧は自分を自組の若の後輩としか、見なかった。


それが十六の少年の誇りをあらためてえぐったのだ。

もしも神龍の次期後継として、大事な宝として、きちんと認知がされていたならば。その意識が日頃からあったならば。


たとえ一時的に壊れても、【あのような真似】ができた筈も無い。


やはりまだ彼を掴めず。

外側からの彼を【見て】しまう。


確かに、龍哉様は神龍においても【規格外】。

他組から掴みにくいのは、分かるのだけれど。


堅気からの参入。

自組の若のご寵愛の後輩学生。

保護すべき、傷ついた幼猫。



とんでもない。

幼くとも矜持高い子虎。


それが桐生龍哉なのだ。


龍哉様を、貶す事を。軽く見る事を。

他組の側付きに許してしまえば。

それは上へと広がるのだ。

龍哉様の言われたことの逆を云えば。


堅気から甥を引き入れて。

次期後継に据えて。まだ石とも宝とも分からぬ小童こわっぱはうちの若様のご寵愛。

それすら企んでいるんじゃないのか。


そんな声が、清瀧の一部にある事を、こちらが知らないとでも思っているのだろうか。


甥を息子にした代わりに、組長になった、と。

そこまでして本家の長になりたかったかと。

言われたことの酷さに、隆正様が傷つかなかったとでも?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る