それを聞き、龍哉さんの出された声は。

先程までとはまた違う、静かな、強い声。


「しばらく、俺は友人から距離をとる」

「!!」

「あんたとも」

「っっ……!!」

「連絡しても出ないし、学校に行かないし、無理に探しだしたら、絶交してやる」

「神龍の若!」

「篠崎、これ以上、お坊っちゃん、やりたい放題にさせてみろ?本当にオヤジと爺さん動かしてやるからな」

「……篠崎様、文親様」

「…黒橋さん…」

「あなたがたはこのお方に何をされましたか」

「………」

「………」

「このお方が神龍に来られ、【桐生龍哉】になられてから。これほどまでに心底から激怒されているのは初めて拝見いたします」



怒鳴るだけが怒りではない。

静かに、静かにこの方は怒っている。


「…清瀧護衛の皆様方、ご本家へ連絡を取られたほうがよろしゅうございます。【生意気な若手】が申しますが。若が言われました通り、こちら様はそちらの持ち店では無く、好きに振る舞いすぎてはならぬ場所では。

恐らく、ここを一棟貸しにする為に他の予約は頭を下げてみなお断りになり、受けた瞬間から料亭自体、休業にされていらっしゃる。私達は【特殊】ですから。

大料亭の女将の時間は有限です。これ以上哀しみに沈まれるならば、持ち店のご料亭なりでなければ。そこまでだと思いますよ、清瀧の若様は」


言えば。

物凄い眼で清瀧の若に睨まれるけれど。


「黒橋」

「はい、若」

「お暇しよう」

「若」

「お前が進言する必要はない。神龍じゃない、他組の事だ。下手に口出しされたと言われるのはむかつくし」

「若」

「動かなかった時点で護衛さん達は大人だ」

「……若」

「子供の口出しは無用だろう。帰ろう」


くるりと方向を変えて、出口へと龍哉さんは向かう。


「おともいたします」

「神龍の若、お待ちください!」


悲痛な篠崎さんの声が玄関に響く。


「篠崎っ」

「見苦しいぞ、篠崎!」


押しとどめる、本家の護衛達の声も。


「そちらの情緒のにえに、我が組の跡継ぎを使うおつもりか?馬鹿にするのもいい加減にして頂きたいが。突っ込まれる要因がこちらにあるなら、たかが後輩、可愛い跡継ぎの寵愛の相手に元は堅気の養子 風情ふぜい、選んでやったのだから巻き込まれた可哀想な清瀧の大事な若様のお悲しみ、癒やす可愛いがり、文句を言わずに受け入れろ、と?」


自分から出た声は、低く、静かだった。


「黒橋さん!」

「そちらに怒られるいわれはない」

「……っ」

「組の格の上下すら今は飛んだ」

「!」

「うちの若になんの責任がある。歪んだ物狂いが起こした惨事に巻き込まれたのはうちの若も同じだ。愛されたから悪いと言うのならば、【どこが違う】のか説明して頂きたいが」

「……!」

「一緒に悲しめ、一緒に苦しめ。お前を愛したのだからこうなった。一緒のところへ落ちてこいと言うなら」

「………あ……あ………ぁ…」


目の前で清瀧の若が床にへたり込む。

申し訳ない。傷つききって転げまわる、十七歳の少年を追い打つ気など無かったのに。


「だが、狂いゆく十代の情緒を止められずして、何が側近、何が側付き。そちらが清瀧の若様を護るなら、私が神龍の若様をお護りしてここから逃がすのは当たり前。保護する籠を、檻にされては話が違う」


真っ直ぐに篠崎さんだけを見て、俺は言い放つ。


「!」


そして龍哉さんも。


「ここを出たら、すぐに爺様に連絡する。そちらにどうするかはきっと爺様同士が話し合うだろう」


追い打つように言い。俺はなだめるかのようにわざと言う。


「若、若も申されましたが、これ以上ものの道理を説いて差し上げる義理はこちらにはございません」

「黒橋」

「学生同士の哀しみと小競り合いで済むうちに帰していただければ諸所に話は拡がらず、内々で済みますことを得心されますかたがこの中にいらっしゃいますことを切に望みます」


そっと龍哉さんの肩に触れ直し。

彼を戸口へと導く。


「行くなあっ!」

「文親様っ」


走りよる気配。

俺の背中になにか、固いものがぶつかる。

痛くはない。転がって落ちた音から察するに、

恐らくは宿泊客用の客用下駄の、片方か。


「連れて行くなあ!人でなしぃ!!」

「若様!」


ああ。逆効果だと思うのに。

それでくつがえりはしないのに。


「黒橋、大丈夫か」

「痛くもありませんので問題ありません」

「行くか」

「はい」


振り返らずに聞く龍哉さん。

龍哉さんの背を見つめたまま答える俺。

そして。

龍哉さんは振り返らずに。


感情のいだ、たいらかな声をつむいだ。


「気が変わった。……本家護衛の方々」

「……はい」

「はい」

「俺は爺様に連絡をしない。組長にも言わない。

……よく考えたら、そちらはこちらに慈悲の手を差し伸べて下さったのだから振り払う俺が異常なんだろう?おかしいんだろう?そちらが正義ならば引き立て役の悪になるのは真っ平ごめん」

「……神龍の若…私達は…っ…」


どこからか、坊ちゃん大事の側近の声が聞こえるが。


「だが、分かって貰えたか?

俺も異常だろうが。

女将と、男衆。これだけの第三者の前で、他組のエリート候補の背中にモノを投げつける若様の常軌を逸した異常さも」

「……あ………」


俺は振り返る。

そこには。

今頃、呆然とする文親様と。


「……他組の人間に危害を加えた若様を叱りつけることもしない、側近のおかしさ。大体、若様!などと言う前に。黒橋に“大丈夫ですか!?”の一言を出すのが先だ、【普通】はな。そちらから見て格上か、格下かはともかく、あくまで、他組の人間なのだから、こちらは」


ぐっ、と押し黙る篠崎。


「神龍の若様」

「女将」

「はい」

「俺は振り向かないので、申し訳ないが、黒橋の背中を確かめてやってもらえますか?」

「かしこまりました。清瀧の若様、横を失礼」

「………っ」

「黒橋様、跡などはついておりませんが、硬さがある程度有ります履物ですので、本当にお痛みは」

「平気です。ご心配、ご確認有り難うございます。御厚情胸に染み入ります」

「こちらこそ、女将として至りませずに」

「貴女は場を貸しただけではありませんか」


俺が言うと。女将が続けた。


「篠崎様、誠に申し訳ございませんが、そちら様のお持ちのお料亭みせにご連絡なりしていただき、一刻もお早くお帰り頂ければ有り難く」

「……女将!」

「確かに…清瀧様はご立派と聞き及んでおります。あなた様のご贔屓も数年来に及んでおりますが。商いにはお金ばかりが大事ではございませんよ?金でつらを張れば、何をしても許されるとお思いならば、私どものご縁もこれまで。出禁とさせていただきます」

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