俺は声を強くする。拒むように。
「それは俺だけの哀しみ。分かち合う事なんか出来やしないし、絶対にしない」
「!」
「綺麗事だよ。【二人の哀しみ】になんか、出来るはずないだろ?おためごかし(表面的には親切に見せかけながら、本心では自分の利益を優先する事)だよ。キツイけどな、今の先輩には」
「龍哉!!」
「俺に優しくして、二人で泣いて。慰めあって辛さを分散したいんだよな。自分の責任を軽くしたいんだ。
俺達との親しさだけしか繋がりなかった一般人がひどい死に方をした、責任の、さ。それ自体は、悪いことじゃないさ」
でも。昨日の今日で。
哀しみの昇華なんて夢また夢、出来たとして遙か先。
そこまで考えていないにしても、箱入りの傲慢は透けて見える。
俺は哀しみのやり場を、方法を他人に決められるのはまっぴらだ。
ああ、感情が、抜けてゆく。冷たく、凍ってゆく。
「原因は【俺だけ】なんだ。一冬は先輩に爪跡をつけたいってエゴで文親さんの名前をあげて。文親さんを傷つけて巻き込みたかっただけなんだよ?先輩には責任なんかないんだよ、初めからね」
「…違…ちがうっ」
「違わない」
「…ちがうぅっ…!」
「…そうか、……なら、それでいい。しなくていい罪の分かち合いで楽になるならそれは先輩の好きにしていい。真実は俺の胸の中なんだから」
放り出すように俺は言う。
先輩の哀しみを敢えて踏みにじるように。
篠崎は呆然としている。
「龍哉!」
「だが、甲斐甲斐しく世話をやかれて、慰められて。楽にはならない、俺は。絶対に。……それだけは言っておく」
「……そんな」
「忘れているようだから言おうか。先輩は息を吸うように自然に【組の若】。あなたの価値観ではそれは甘い水でも俺には毒になる事も知って置くべきだ。一つでも年上ならば」
随分と冷たい声、物言いだったと思う。
「俺は常磐雅義とは違う。グズグズ泣いて甘えるなんて、俺には出来やしない。たとえ、振りでも、無理だ」
眼前で、涙を
あまりにひどい言いようだと思う。
他所様に言うにはあんまりだ。
それが後輩だろうが、恋人だろうが。
けれど、目の前にいる美しい人は、女将から聞いた以上、俺が想像していた以上に、正気を、手放している。幾ら極道の子とはいえ、名指しでお前のためにと周りが消されるのは、極道の家に最初から育ったのならあり得る事だ。
だが、一般人を。
お前が殺せないから、罪はなくとも巻き添えで殺してやる、というのは、真の意味では珍しくはないが、かなり
だが少年の心を抉りぬくには充分な出来事だ。それが反社の子であっても。
俺が今【狂わない】のは意地だ。
憐憫を振り払おうとしているのも。
狂えれば、楽でも。
意地を勝たせる自由を選んでしまう。
こんな時でも──。
つくづく、損な性分だよ。
「悪いが、一度部屋に戻る。純粋に体調が悪いし、気分も優れない」
頭がクラクラする。感情の
だが。
呆然自失からようやく抜けたらしい篠崎は。
「神龍の若!それならば、人を入れて、ここにお布団をっ!」
は?
間抜けにも程がある。
俺は間髪入れずに腰を浮かし、篠崎を睨み据える。
「あほか。お前らの過干渉で具合悪いのに、なんで、そっちにエサを与えてやらなきゃならん」
きつい声で言ってやる。
「!」
「その耳は飾りか。昨日あれだけ言って、『俺は舐められている』と今、これだけ聞いてもまだその口で言うか。……分かった」
「若…」
「若などと呼ばなくて結構。それは本当に敬称か?若様じゃなく若造の【若】か。俺を神龍の、桐生龍三郎の孫だと真に認識しているならば、たとえ跡継ぎが、哀しみに正気を失くして庇うのは百歩譲っても。俺の事情もくんで
「!」
俺は明らかに口調を変え、この二人が今まで聞いたこともないような冷えた声を出す。調子に乗るな。
「すぐに黒橋に連絡しろ、帰る」
「龍哉!」
「俺は部屋に戻る。そこをどけ!」
「龍哉様!」
「どけ」
「………」
篠崎は動かない。
「そうか。どかないか」
「お気を確かに…!」
俺は篠崎の発言を鼻で笑う。
「ああ、確かに俺だって動揺しているさ。さっきも言った。俺が因幡の馬鹿に目をつけられなきゃ、雄太は…全身…怪我だらけなんて言葉が薄っぺらに思えるほどのひどい姿で寒空に放り出されたりしなかった。俺ですら自分を見失いかけた。でもな…悲しみかたを強制するのは幾ら恋人でもやり過ぎだろ?それともなにか?」
俺は冷たい声をもっと冷たくして主従を見る。
「お前のために…巻き添えになったんだから言うことを聞け?可哀想なうちの若様の、今は思いのままになれとでも?俺が必死に自分の心を自分の立つべき位置まで戻そうとしているのに。自組の若の悲嘆にあわせろ?お前のせいなんだから!って?
気を確かにするのはどっちだ!馬鹿にするのもいい加減にしろ!同じように泣き崩れ、世話をされろって?まっぴらゴメンだ!馬鹿野郎!」
気は立っていたのだろう。
恐らくは、…自分に。
決してこうして人にぶつける為でなく。
仕方がない。まだ知り合ってようやく一年足らず。俺達だって手探りでお互いの心、お互いの距離を
そんな心の隙を突かれた衝撃的過ぎる悲劇。
自分の心が上下するジェットコースターのようにぶれているのは…悔しい。
俺はそれすらも、人には見せたくないのだ。
たとえ親しくとも。
我慢できるはずだった。する筈だったのに、もたなかった。
立ち戻ったはずの気持ちが引きずり戻されるのは、勘弁ならなかった。
俺は立ち、床の間の内線の受話器を篠崎を威嚇しながら手に取り、六番を押す。
すぐに、繋がる。
「はい、
落ち着いた女将の声にどんなに救われたか。
「○○○-○○○○-○○○○。電話したらすぐに分かる。電話してくれ。【隆正の息子はお前に手のひらをかざし、親指を他の指で守っている】と。【何度も繰り返して】」
女将が息を呑む、気配。
「畏まりました。失礼致します」
すぐに電話は切れた。
それはハンドサイン。
【加害者がそばにいる状態で他者に助けを求める救難要請の手信号】。
すぐに。篠崎には分かったようだ。
「自由を俺から奪うならば遠慮なんかしない」
文親先輩は何も分かってはいないようだが。
「もう一度言う。どけ」
「………」
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