声の震えを聞かせてしまうのが、悔しい。


『極道の俺のために…消された、雄太…』


思い出すのは今は、痛い。

数時間前の、あの…姿。


『…通夜の場で黒橋にカツを入れられ、アイツの言葉をここで聞いて。自分を失いかけていた、甘さに…改めて、自分を叱った…。まだ俺は…甘い』

『!』

『…篠崎さん。俺は確かに周りからはどう見られようと学生としてあの場所へ行った。途中で清瀧に追い付かれて、あの文親先輩の状態を見過ごせず…心ならずもあなた方と合流してしまったとしても』

『…そんな……』

『突きはなせる筈がないだろ?俺が居たから巻き込まれて、存在を無下に無造作に使われて。取り乱したあの人を』


俺がそう言った瞬間。

対面する篠崎は驚いたように俺を見るけれど。

構わずに。


『…でも。今の俺は』


見た目は十六の子供でも。話す内容は【違う】。

知らないだろう他組の【大人】に晒すのは、野暮だけれども。


言わなければいつまでも、幼稚園児が高等数学を解きだしたのを見るような、理解できないものを見るアホ面を見続けるはめになるならば。


一度きつく叩けば少しは理解するだろう。

かなり優秀な、文親先輩の専属側つきらしいから。


『神龍の組継ぎ、若頭確定候補。その位置に立ち戻っている。哀しみが始まるのはこれからだ。けれど、立ち戻りは、早い遅いが生死を分ける。…俺はもう戻りかけている。ならば、この部屋の中だけは神龍の領分とさせてもらう』

『…神龍の…御領分……』


低く小さく呟く篠崎を見やり。


『ついてこれないのは仕方ないが。清瀧よりも小さくても。これでも三代続きが決まっている、【東】ではそれなりに名の知れた組の組継ぎだ。文親先輩の意識が落ちているならば、俺は今、唯一のの立場の人間なんだよ』

『!』

『…出ていってくれないか?疲れた。はっきり言って理解が遅い、甘い、古い。

…早く、さとく、新しいならば、わざわざ今の俺に長々と説明させないだろう』


厳しい声は、まだ貫禄すらないだろう。


『はいと答えて素早く消えて手配することこそ【客人】としての扱いだ。俺は客室に通されてはいても客にふさわしい扱いはされていない』

『え……』

『大事な若のご寵愛の年下の後輩。組は知れていて、清瀧とも縁はある。…じい様同士が旧知だからな。…だが孫などまだ未知数だと。そう侮られても文句は言わんが』


俺は彼を見る目の温度を変える。


『…っ……』

『あいにくと、俺は他組のお優しい側つきに手取り足取り介助してもらうほど、弱っていないし。たとえ弱っていても、見せたくもないということすら解らないなら、相当鈍い。子供扱いはやめてもらおう。…失敬だ』


そこまでいって初めて。


『誠に、誠に、申し訳ございません。…私は、ただ…文親様が…あのように…あのようになられて…あの方が…』


あそこで取り乱せなかった分、虚をつかれて。

イレギュラーな問答に少し乱れてきた。


……そうだな。

たとえ雨の中立ち尽くしていたのは一緒でも、黒橋と篠崎を同一線上に置くのは、こくすぎる。

あまりにも。


彼が如何に清瀧で優秀でも。

彼とて人間。こうして取り乱しもするし。


っていうか、あからさまに楯突かれて、俺の前で取り乱すってまだ【上】には見てないんだな、上に尽くす仁義、張る見栄の発動が無いもんなあ。


まあ、でも。

黒橋が特別すぎるんだよな。

普通はこんなもんなんだよな。


『なら可愛い先輩についてやれ、朝まで。朝の八時までは来るな。返事は』

『…畏まりました。…神龍の若』

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