───雛《ひな》の相剋《そうこく》、雛の葛藤《かっとう》──
閑話休題──。
これは後々、若からお聞きした
【空白のとき】の問わず語り───。
**龍哉**
「…ぐっ……ぐうぇ…っ……ゲホッ……」
……やはり、黒橋の読みは凄かった。
雄太の通夜から明けた翌日。
篠崎の配慮、文親の心配で滞在することになった高級料亭だったが。
部屋を分けてもらったのは正解。
部屋に個別にトイレがついているのは本当に助かった。
昨日、夜に無理矢理胃に落とした食べ物は、半分以上は出てしまった。でも固形物を吐いたのは数回。
あとはまあ………。
その分、水分を取り。
浴衣(と言うには高級すぎるが)を身に着け。
朝まではうとうとと数回に分けて眠りとは言えないほどの短い眠りに落ちて。
体力の温存を無意識に図っている、自分。
はっきりいうと消耗は激しいけれど。
部屋の中、トイレ周り。
調べたが、機器は無く、盗聴の類いはされていないようだ。
安心した。
別に清瀧に疑心があるわけではない。ただ、善意というものは、【どちらにも】振れる。
心配だ、配慮だと言われても、清瀧の人間が手配し、清瀧の息がかかっているこの場所で、無邪気に保護されるほど、俺は無垢じゃないから。
特に、ダメージを受けきって、完全に理性の飛んでいる先輩なら、心配という理由をつけた監視なんか、平気でやる。
お前が心配なんだ、という言葉はプラスにもマイナスにも傾くのだ。
どちらへ向いているのかを脊髄反射で見切る。
哀しみと絶望の底にいても、その判断だけは手離せない。
俺の、悪い…癖だ。
『部屋の中、お構い無し、とは?』
昨日、電話を切ったあとの、部屋へ訪ねてきた篠崎との会話がよみがえる。
『ご心配頂き、誠に申し訳無い。
皆々様のお役目として、廊下に数名の護衛の方々が控えられるのはありがたくお受けするが、それ以外は御断り致したく』
そう告げた時の男の驚いた、顔。
『…龍哉様、それは…』
『このような素晴らしい場所を棟貸しにして。若のためだけでなく、俺の為にも二部屋、
何か不都合はないかと、わざわざ訪ねてくれた他組の若様付き側近に言うには
『…そんなわけには参りません、神龍の若様。…文親様は薬でお休みになられるまで、あなた様にくれぐれも不自由なきように、過不足ないように、と…』
部屋の中で、二人、向き合って。
『ええ。先輩ならばそう
『龍哉様』
『だが、俺はそこから、【俺に与えられた客室の中にいる桐生龍哉】を今は外してくれと申し上げている。…先輩はどうせ明日までは起きない。あなたなら注射薬の量はそう調整するでしょ、篠崎さん?』
言えば、見開かれる眼。
『…ぶっちゃけてもいい?言葉を崩す。
後輩殺されて、葬式で冷遇されて。
あなた方に【保護】されて。
それでも飯はしっかり食えて、あんたに図々しくものが言えてる化け物みたいな俺よりも。
…ヒステリック、狂乱パニックに入った、人間としては至極まともな反応の若様を見てやれよと言っている』
『……っ…』
目を見張り、驚く男に構わずつづけてやる。
少しだけ
『…わかんないかな。明日、そこの廊下に一歩出たら【若様の望む俺】をできる限り演じてやるから、畳のこちらに一歩入ったら、苦しもうが悲しもうが俺が好きにできる空間をくれとお願いしている。部屋の内側で何が聞こえようが、こちらが呼ぶまで入るな、こちらの許可無しに開けるな、そう頼んでるんだけど?』
『……っ…』
『ちなみに若様からは過不足ないようにって言われてるんだろ?なら【満たして】くれよ。さっきからあんたが来るまで、入れ替わり立ち替わり仲居が来たり配下や護衛の若いのがきたり。うるさかったからちょっと人払いしたのは耳にはいってるんだろ?どうせ。お
俺と篠崎はまだ顔を合わせて日が浅い。
俺と文親が、【親しくなった】のは速かったけれど。周りは置いてきぼりが清瀧の現状。
健全な男子高校生。
心情はともかく、
一年半、まるで溺れてゆくように。
俺達は恋をした。
未だ愛には至らぬ、恋は続いている。
ああ、可哀想な篠崎。
普通に会った事はもう両手に余るよりも有っても、こんな
彼にとってはまだまだ異分子でしかない俺に、訳の解らない生意気な口をきかれて。
『…龍哉様』
『とりあえず、明日の朝まではもう、ほっといて。それに明後日、うちの黒橋が迎えに来るまで、先輩といるとき以外の、この部屋への干渉や世話も要らない。すまないが、それについては俺が明日、先輩が起きる前に女将と直接打ち合わせする。女将は俺達のいる間は常駐って聞いた。明日五時半頃、ここに来させてくれ』
『…それは…』
戸惑っている篠崎。
そうだよな、俺みたいな奴にあって、戸惑わないはずないよな。
こんなイレギュラー。
『うちの黒橋なら、きちんと俺の世話料分は心づけていったはず』
『…そのような確認は…取れておりません…』
『なら、取れば。野暮だがな。幾ら馴染みとはいえ。店と客とのやり取りまで後から嗅ぎ回るのは。馴染みなだけで持ち店でもないなら尚更な。…そちらも取り込み中だ。
ただ、あの男は言うことは言うがやることもやる。しらぬ
『……龍哉様』
『本当はわざわざ世話してくれようとした優しい人達にここまで噛み砕いて話す気はなかったけど』
俺はスッと背を正す。
『履き違えてもらっては困る』
『…龍哉様…?』
『あなたは文親の側近だ』
『…はい』
『可愛い、若様。今の貴方からしたら俺は文親先輩に、見えているとおり。極道に足を入れたとはいっても堅気からの戻り。若様が腕の中に庇いたい雛ならば御意のままに。だけど、雄太は……っ……雄太は…』
『…
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