そして、雨のなか─────。

ずぶ濡れになり歯の根も合わず、室内でも震えていた龍哉さんと文親さんは、俺が駐車場へ帰った時には清瀧の車の中で二人、タオルを全身に巻くようにして、暖められた空気に包まれ、待っていた。

篠崎さんは、車の中に入らず、そのまま、雨に打たれながら俺を待っていた。


「篠崎さん」

「…ご苦労様でございました、黒橋さん」

「いえ…」

「…神龍の若を、こちらにお乗せしたのは、私の一存でございます。…ご容赦を」

「とんでもございません。若をお見守り下さり、有り難うございます」

「…黒橋さん。実は…うちの若が…」

「はい」

「…帰りたくない、そう、おっしゃいまして」

「………」

「大変勝手ではございますが、私の知る料亭みせがございまして。連絡を致しましたら一棟を借りられました。宿泊可能でございますので…是非、神龍の若様、黒橋さん、御二人に…若にお付き合い頂ければ」

「…篠崎さん」

「何も言わず」

「…畏まりました。お伴させていただきます。…うちの若には」

「既に。…黒橋が構わないならば…任せる…と」

「……そうですか」

「道案内は私が。少し都心を離れますので」

「…お願いいたします」


降り続く氷雨の中で。

男二人が立ち尽くし、段取りを組んでゆく。


窓の中の二人は目を伏せて、うつむき。

暖房の中でもまだ蒼白いその顔は、作られた人形が寄り添いあっているようで。


だが。それに痛むこの胸の疼きを見せることは、ない。


「…篠崎さん」

「はい」

「神龍組本家への連絡は私が致します。…誠に申し訳ございませんが、うちの若をこのまま、文親様とご同乗させて頂けますでしょうか」

「…黒橋さん」

「私は来た車で、後ろから付き従わせて頂きますので」

「…よろしいのですか」

「せっかくお世話いただき、温かく御二人で居るものを…。私は不忠義者でございます、この雨のなか、御二人が帰られるまで雨の中にこうしていられた篠崎さんにお任せ致します」

「…黒橋さん…あなたは…」

「車に戻らせて頂きます」


篠崎さんは、何かを言いたそうにしたけれど。

俺はそのまま、清瀧の車の横に止めた神龍の車にもどり。

スマホを取り出すと、メールで連絡をする。

相手は松下の叔父貴。

彼ならば多くを告げずともんでくれるだろう。


動き出したあちらの車に合わせて車を動かしながら、考える。


酷いことをした。

自分の為に…自分達の為に。

命を踏みにじられた後輩。


雄太様のあのお姿…。

無惨な、御最期をあらわして余りある、痛々しい……。

それを目の当たりにして。

どんなに、あの少年達が。

陰の道に身をおきながらも、まだ年端も行かない、だからこそ傷つきやすい若い魂が。

大きな、大きな衝撃を受けているかを。

ズタズタになっているかを。



分かっていながら。

充分に承知しながら。

鞭を打つように。


震えていた龍哉様の、悲しい背中を。

漏れる細い嗚咽を。敢えて無視して。


甘えるなと突き崩し、崖から突き落とすように酷い言葉を浴びせた。


他組の文親様にもお聞かせする形にはなったけれど。

それは、雄太様のご両親の手前。


俺の言葉の真意をぶつけた相手はあくまでも。

龍哉様。


酷い、酷い、男。

自分の組の人間から、最も聞きたくなかったであろう罵倒を浴びせて顔色も変えなかった、不忠義者。


そう、言われても仕方ない。


そうしなければならない、【理由】があった。

仁義をおろそかにするのかと、罵られようと。

組を継ぐ者に。【上】に。


【下】が吐ける言葉ではなかった。

…でも、言わねばならなかった。


ハンドルを握る己の指が微かに震えているのを自覚する。

フロントバンパーが激しくなる雨を退けるのを妙に凪いだ神経だけが機械的にとらえながら。


心だけが、二律背反に裂かれている。

それはこの車が、目的地に着くまでなどでは、到底、収まりそうにもなかった───。

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