俺の言葉に、龍哉さんは顔を上げ、切りつけられたように苦しい表情をする。
構わず、俺は続ける。
「これから雄太様が過ごされるべき春夏秋冬を
若くとも、未熟であろうとも。
堅気様に永劫償えぬ御迷惑をかけた当事者として、【
良く、自分の組の次期後継、付き添う他組の後継に言えた、と後々まで思うことになる冷たい、言葉。
ご両親でさえ、息を飲んでいた。
「…申し訳ございません、取り乱した姿をお見せしました」
「…お許し下さい」
けれど
きちんと線香を上げて故人の冥福を祈らせて貰えた。
それは二人には何よりの事だったろう。
胸には大きな嵐が吹き荒れていても。
「それではそろそろ、お暇を」
「………」
「………」
二人を促し、あらかじめ靴を移動させてあった会場の裏口へ向かい、車へ向かうように指示する。二人は人形のように素直にしたがって、ご両親に深く一礼して、出てゆく。
自分も出ようとしたところで、呼び止められる。
「黒橋さん」
「はい」
「…あなたのお気持ちは知れました。けれど、私達の気持ちはそう簡単にいかないのは、あなたなら分かって頂けるでしょう」
雄太さんの母親の声は父親とは違い、今は静かな悲痛に満ちて。
「お身内を突然に亡くされたあなたなら」
だから、真摯に向き合おうと決める。
「先程も申しましたが、大事な一人息子様を奪われたお苦しみ、お悲しみの前で、外れものの果てを語るべくもない。けれどお許しあって、申し上げさせて頂けるなら、今はここにいないあの二人の若者の心を敢えて踏みにじるのならば。
【泣かれても、何も感じない。届かない】
【硝子の向こう側からものを言われているような虚無感があるだけ】」
「……っ…」
「頭など下げられても、失われた温かな眼差し、温もり、微笑みが戻ってくることは二度と無い。俺は…最後に触れたあの硬い、冷たい頬を、生涯忘れはしない。だから、あの子達を御許しにはならず、今はどうか恨んで下さい」
「!!」
「恨まなければ、狂ってしまう」
「……あなたは…?」
「……」
「あなたは組長さんを恨んでいるの?」
「…いえ。私の父は…雄太様のように純真無垢な少年ではなく、血濡れた極道者でしたから。仕える組長を恨んでも仕方ない。私は子どもで、組長とは悪感情を抱くほどそれまで付き合いもありませんでしたし…ですから、私は『父の勝手』を…恨みました」
「お父様の、勝手…?」
「罪なく
「…黒橋さん」
「黒橋さん…」
「狂わずに、組長のもとに身を寄せるにはそれしかなかった…。でも、あなた方は龍哉さんを恨んでいい。遠慮なく。それが、道理なのだから…」
不覚にも。二人を叱りながら律していた、心の
「申し訳ございません、このような馬鹿者の自分語りや涙などお耳汚し、お目汚しにしか…。けれど…」
「…黒橋さん」
「あの子達のいないこの場だからこそ。雄太様の献身を…その、温かなお心を…。この黒橋、一生涯この心に刻み、忘れは致しません」
俺は裏口の
一度開けて雨の吹き込んだ三和土はひどく濡れていて、掌も額も汚れるであろうことは分かったけれど気にはしない。
「!!」
雄太さんのご両親はもう、俺を罵りはしなかった。
「踏みにじって下さっても、叩いて下さっても構いません。極道と堅気の方との縁を見知りながら、配慮足らず雄太様にご無念の最期を…。組の名代ではなく、黒橋淳騎という一人の男として、せめて、これより盆、彼岸、裏街道の
「…………っ………」
「………」
頭上から、降ってきたのは叩く掌でも、蹴る足でもなく嗚咽だった。
「…今は、あなたの…私どもにだけ打ち明けて下さっただろう黒橋さんのそのお心のうちだけを…雄太への手向けとして受け取らせて下さい…」
絞り出すような雄太さんのお父上の声が胸を
「…深謝致します」
それ以外に一体どんな言葉が、言えただろう──。
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