に
冷たい雨と龍の涙
酷く、冷たい、雨の日だった。
龍哉さんが高校に上がられて二年目の冬。
突然、彼と彼の周囲を巻き込むように起きた、衝撃的な【事件】。
彼を慕い、
一年に編入してきた因幡一冬という【悪魔】の指図で。年末の寒い郊外の公園。全身に蹴られ、切りつけられた傷、鉄パイプで殴られたような
全身の骨折はあまりに
『こいつは邪魔。あの人も邪魔だけどあの人は無理。だからこいつはバイバイ。龍は僕だけの手に絡まればいい』
残されたメモは責任の
『お前さえいなければ』
我が子を奪われた親の錯乱はある意味、当然だった。
学生服で数日後の通夜へ駆けつけた龍哉さん、そして龍哉さんの心を掴んだ清瀧組の長子、紫藤文親様に投げつけられたのは怒号と、手のひらいっぱいに掴んで振り撒かれ投げつけられた、塩。
『線香なんか、上げさせない』
『ヤクザの息子のお前達に
少年の父親に通夜会場の玄関から外へ突き飛ばされて転んでも。
龍哉さんは言い訳をしなかった。
冷たい雨に濡れたコンクリートの上、土下座しながら、
「申し訳ございません、赦さなくていいです。でもお願いします。最後の別れだけさせてください。お願いします、…お願い致します。俺は雄太に会わなくちゃいけないんです。見なくちゃいけないんです。むちゃくちゃなお願いなのは分かってます。そうする義理もないし、断られて当然です。……待ってます。目につかないところで待ってます。二人で待ってます」
俺はそれを会場の駐車場で見ていた。
傘も指さずにずぶ濡れになりながら、目立たない場所に移動してずっと一礼したまま、何時間も立ち尽くす、お二人を。
自分も傘をさそうとは思わなかった。
通夜の知らせを聞くなり飛び出していった龍哉さんを追って着いたこの場所で。
唇を噛み締めて、流れる涙をぬぐいもせず、ただ頭を下げる十六の少年の姿に、俺は父が亡くなった時の自分を重ねていたのかも知れない。
神龍組組長桐生隆正をかばい、命を捨てた父、
あの時の自分は、泣けなかったけれど。泣いてはいけないと思っていたけれど。
目前の少年の涙は、違う。
龍哉さんから眼を離せないまま、俺はそう感じていた。
ありきたりの後悔の涙なら誰でも流せる。
けれど、時折顔を上げて会場を見る龍哉さんの眼の中にあったのは、自責を越えて余りある【怒り】──。
自分に、なのか。
因幡一冬になのか。
それとも運命に、なのか。
今の俺ならば分かる。
彼は、刻むために泣いていたのだ、と。
白沢雄太の死を、自分を兄のように敬慕してくれた可愛い後輩の無念の最期を、永劫忘れぬ為、自分の行く道はそういう道なのだと、だからこそ眼を反らさずに哀しみに
更に数時間後。
根負けした白沢のご両親が、通夜客の絶えた会場に龍哉さんと清瀧の若を入れて対面叶った時には、二人とも歯の根が合わぬほど身体が冷えきり、線香を持つことすら、まともに出来ず。
ただ目を見開いて、物言わなくなった後輩を見つめるだけ。
「そのままでは風邪をひくわ、使って下さい」
いつの間にか用意されていた大きめなスポーツタオルを差し出されても。
龍哉さん、文親様、二人とも。
棺のなかの後輩を、包帯も痛々しい雄太さんを見つめたまま、首を振り。動かない。
仕方なく。
俺は自分の分のタオルは固辞しながら二人の分のタオルを受け取って。
「いい加減になさい、お二人とも」
近づいて龍哉さん、文親様の順で問答無用で水気を取る。
「これ以上、雄太様にご心配をかけるおつもりですか」
「…黒橋」
「黒橋さん…」
「雄太様が、
「…黒橋…っ…」
「雄太様の行かれるのは天上、私どもの行くのは地獄。決して交わらぬ道ならばせめて、足手まといにならぬよう努めるのが、先輩としての役目でしょう」
「…黒橋さん、今、それを…っ…龍哉に…」
「紫藤の若様。龍哉様は神龍の若ですから、
「……っ…」
「溢れだしそうな憎しみ、負の思いを抑え、貴方と文親様にタオルを差し出して下さったご母堂のお気持ちを、それを許した御父上のお気持ちを。それ以前にご対面を許してくださったお二人のお気持ちを。考えられないほど子供では無いでしょう」
わざと冷たくいいきって。
「あなた方は家の立場ではなく、雄太様の先輩として香華を
「……っ…」
「何をしにきたんですか?若?
みっともなくべそべそと、泣くだけなら自分の部屋のすみでも出来る。
屋敷のものの制止を振り切り、ここに来て、立派な事を言って雨に立つ根性があるなら、礼をわきまえ、身を整え。お線香の一つもきちんと上げて貴方の心を雄太様にお見せしなさい。…文親様、これ以上、篠崎さんを車の側で冷たい雨に打たせるおつもりですか?」
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