けれど斎藤は最後まで話しきる事は出来なかった。

俺の側からスウッと動いた龍哉さんが素早く斎藤に近づき、奴の手首を捕らえ。片足を膝裏にひっかけるようにして。奴の身体を仰向きに転ばせる。受け身をとる間も、その考えすらも頭になかっただろう斎藤は、まともに床に身体を打ち付け、痛みで声すら出ないようだ。


「ぐっ…が…っ…」


技としてはあらい。だが、手首への関節技は鮮やかに決まっていて。

表面的に痛いのは打ち付けた身体、動けないのは手首への技が決まっているからこその激痛のせいだ。


「ぅああああああっ……!!」


ようやく叫び始めてきた。身体の痛みがようやく脳の理解に追いついたようだ。うるさいが。


「俺が誰の威をるって?…聞いてやるから言ってみろ?」


まだ斎藤の手首を握ったまま、龍哉さんは斎藤に顔を近づける。


「ふざけてんなよ?俺の倍生きてんだろ?オジサン?てめえの組の組長が誰に威勢を貸してるって?子どもの喧嘩に親が出るって、遠回しに言いたいのか?卑怯な馬鹿野郎共に自分の親父を侮辱されて、俺がハイ、そうですか、スミマセンと部屋にホイホイ逃げ帰るような、堅気の弱い子どもなら、はじめからここには来てねえわ!」

「ひぃっ!」


陽炎が立つかのような荒削りの、でも鮮やかな威勢の張りかただった。

後年、龍哉さんは組を治めていく基盤作りの為に、笑顔の仮面を貼りつけ、策謀を胸にぎ出してゆく事になるけれど、この時はまだ、彼は隠すことのない剥き出しの姿をしばしば見せていた。

その最初の瞬間となるこの時のやり合い。


「てめえらも、ロクデナシの中堅引っ張り出さなきゃまともに喧嘩も出来ねえのかよ?出てくるこいつも馬鹿だがな、あにさん出さなきゃ殴り合いも出来ねえなら布団部屋で布団抱えて泣きべそでもいてろ!馬鹿もんどもがっ!」

「…うわぁぁ!畜生っ!よくも斎藤さんを!くそ餓鬼っ!」


後ろの二人が龍哉さんにまともに拳で突っ込もうとするから思わず。

一人の鳩尾に加減しながら蹴りを入れて庭へ。

一人は喉元、胸の少し上あたりくらいに軽く手刀を入れ肩を押して勢いのままひっくり返す。

二人とも失神してしまったが。


「…組の後継をくそ餓鬼呼ばわりは失礼極まりありません」

「すげえ、二人、瞬殺」

「…殺してません、手にかけるのも忌々いまいましい」

「例えだよ、例え(笑)。あ、こいつも気ぃ失ってるし(笑)」

「…情けない」


吐き捨てるように思わず言ったのを。


「やっぱりそっちがじゃねーか(笑)」

「…あ…」

「あんたも俺も被ってる猫の皮は厚そうだな♪」

「…貴方が、猫皮で隠しているのは本性の『狼』ですか」


そう聞けば。ちらりと俺を見ながら、ふらりと立ち上がって。


「…今は、まだ秘密」

「面白い人だ。…貴方は」

「その、貴方あなたって言い方、馬鹿にして言ってる訳じゃないよな?…確認だけど」


疑わないではなく確認だと言って、うっすらと笑う少年。


「ええ、違います。年齢が違おうと、尊敬すべき【上】のかたには、きちんとした言葉使いを、敬意を表そうと思ったまでです」

「……へえ」

「合気道…初段ですか?」

「……分かるのか」

「手首の使い方が、ね。…合気道は足技は危険技に入るので、今日の場合はアレンジ技をプラスした感じでしょうが」

「…じい様にね、頼んだ。そしたら知り合いの道場に頼んでくれてね。大学の合気道部も教えてるっていうスパルタの…」

呰部あさい先生が弟子を?」

「…知ってるんだ?」

「…私の師範ですから…」

「え。…嘘…」

「お好きなのは豆大福。それも粒が大きい塩豆の…」

「道場近くの光静庵のやつ。…本当に兄弟子か。さすがにびっくり」

「もう私はたまにしか顔を出せませんがね」

「…今、何段?」

「三段です」

「げ、結構、上段位じゃん」

「貴方も、今のまま、段位が上がっていったなら末恐ろしいと思いますよ?」

「それは、有難う(笑)。しかしまあ、こいつら、どうするかねえ?」


ちょんちょん、と。

まだ、失神したままの斎藤を足先でつついている、龍哉さん。


「…お行儀悪いですよ?」

「へへ(笑)♪」

「まあ、ここは離れていますから、放っておいても目は覚ますとは思いますが…」

「覚ましたら覚ましたでやかましいぜ?弱きゃ苛めようとするくせに、こういう奴等は、強きゃ強いで“詐欺だ”とか。“実力隠して怠けようとしてる、組に武力としての貢献を拒否してる!”…とかな。…あー、うぜぇうぜぇ」


だが、不意に龍哉さんはニヤリと笑う。


「…松下の叔父さん(このときはまだ襲名前の事もあって龍哉さんは松下さんに叔父貴呼びをしていなかった)、人が悪いですよ?…立ち聞きですか(笑)」


慌てて振り返る。

廊下の角からニコニコしながらふらりと現れる、松下の叔父貴。


「よく、分かったな~、坊ん?黒橋も分かんなかったのによお」


不覚。

少なからずの動揺から抜けきれていなかった俺は、いつもなら分かる筈の気配を感じられなかった。


「…黒橋さんはやんちゃな犬が急に爆走して混乱しただけですよ?申し訳ないですけど(笑)。ごめんなさい、騒ぎ起こす気はなかったんですが、良く鳴く小型犬より小うるさいのがキャンキャンキャンキャンうるせえから黙らせました。黒橋さんも手伝ってくれたけど」

「すみません、松下の叔父貴、年長の私が止めなくてはいけないところを…」

「いやいや、止まんないだろ?」


松下の叔父貴は笑う。


「なあ、坊ん?」

「…自分はね、いいんですよ。言われた通り見た通りかもしんねえから、周りから見りゃね。ただ、それに身内をケチつけられりゃ話は別だ。俺が十五の若造だろうが、高校生だろうが。籍入れて桐生の名を名乗る以上は両親おやは守らねえと」

「…龍哉さん」

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