飄々ひょうひょうと言うけれど。


「いちいち親呼ばれるとか面倒で。母親は何があってもだんまりだし、父親は俺の意見聞く前に相手に謝って。家に帰ってから、

“お父さんのどこがどう悪いからお前は乱暴になったんだ?お前は乱暴なんかする気はなかったんだろ?お前はお父さんの子だから、本当はいい子だろ?”とかマジメに言ってくるから、うざいうざい。だったら、乱暴?やら、喧嘩?やらが自分にうまく絡まねえようにどうするか、ガキでも考えるさ。おかげでまあ、ごっつい奴らに何故か慕われたり可愛がられたりしたから、喧嘩の目も肥えた」


明るく言ってみせるその裏でこの少年はどれほど心中、見えない血を流してきたのだろう。


「ただ、黒橋さんのは、俺がするような喧嘩とは全然違うよね」

「……?」

「まだ俺はガキだから。負けない為に仕方なく喧嘩するけど。黒橋さんは勝たなくて良い喧嘩はしないタイプだろ?」

「………っ」

「あいつらの動き、全部見切って。仕方ないな、相手にしないとおさまらないか?面倒臭い、って顔してた」

「……」


内心の驚きで口が聞けなかった。

見破られた?十五の子供に、この俺が?

俺は完璧に素の自分を隠してきた筈だ。現に今までは見切るものなど居なかった。


「…可愛くないくそガキだろ?人の心の見られたくない部分を見抜いて。指摘してみせるからね」

「……」

「それでも大丈夫なやつしか周りにいない(笑)」


にやりと笑う十五歳。

ただ者ではない事をまた思い知らされた。


だが、物事はそれで終わらなかった。


「おい、黒橋、坊っちゃん巻き込んで御迷惑かけたんだってな」

「斎藤さん」


さっきの【先輩】がたの消えていった方向から、あまり好きではない、見知った粘着質な声が聞こえてくる。

姿を現したのは斎藤さいとう恭次きょうじ

組長が代替わりしてからの中堅幹部。

三十代半ばか。会長と知り合いである斎藤組の組長が隆正組長に頭を下げて何とか中堅幹部に滑り込ませたらしいが。能力なしで立場は据えおき。知らぬは本人ばかり。

そのくせ下には無理難題。

気に入らない奴には平気でいじわるするという、ろくでもなさ。

斎藤の後ろには先ほどの二人が得意気に従っている。

…本当に馬鹿というのは群れたがる。


「黒橋さん、その荷物さ、貸して」

「あ、はい」


思わず、素直に渡すと。

龍哉さんは廊下に面した部屋のふすまをヒョイ、と開けて、中に資料諸々を丁寧に置いてまた閉めてしまう。

当然がら空きになる俺の身体。


そして、龍哉さんはそのまま、廊下に面したガラスの引き窓を開けて全面的に解放してしまう。

俺も数瞬驚いたのだから、斎藤と馬鹿二人は口を開けて呆然。


「…坊っちゃん、何をやってるんですか?」


斎藤は慌てたように聞くが。


「ん~、準備?」

「……?」

「終わったけど(笑)」


俺に目配せしてくる、十五歳。


「しっかし、まあ。人が気ぃ使って逃がしてやったのにわざわざ戻ってくる馬鹿。巻き込まれたんだか便乗したんだか?の大人。…親父も大変だな?」

「なっ…!」


またこの少年、あおりが天才的に上手い。


「斎藤さん、俺は巻き込まれてねえよ?弱いもの苛めは駄目だよん?って注意しただけ。自由意思で。…まあ、その後ろの二人、随分根性がイカれ腐ってるから。巻き込まれたのは斎藤さんじゃね?来るほうも来るほうだけどさ」

「…黒橋に何を言い含められたか知りませんが、こいつは坊っちゃんが庇う価値のある人間じゃあありませんよ」


そして斎藤という男もまた、呆れ返るほどに馬鹿だ。


「…ふぅん?」

「兄貴分の二人に雑用押しつけて楽な事務仕事ばかりやっている、そんな男…」

「…楽?」

「楽でしょう?数字追いかけてれば済むようなそんな仕事…」


そこまで聞くと。

龍哉さんはゲラゲラと笑い出す。

本当に腹を抱え、身をよじるようにして。


「あー、おかしい♪本家の事務作業、面倒臭いやつ全部やってくれて、やれ上納金だシノギだなんだっていう、本家に入る利益の数値化なんてしてくれてる黒橋さんのやってる事が楽?特に利益の数値化なんて頼まれてもいないのに?あー、おかしい♪馬鹿って怖い(笑)。考えてる事が単純過ぎてびっくり(笑)」


いや、こっちがびっくりしているんだが。

何故、俺のしてる作業をそんなに詳しく。

…まさか、さっきから今までのやり取りで俺の持っていた資料や作成リストからぎ出した?

十五歳の子供が一見して分かるようなものでは無いはずなんだが。


「そんな…」

「おっと、俺ですら任されていないのに、依怙贔屓えこひいきとか思うなよ?親父は出来る奴にやらせてるんだから」

「坊っちゃん、ちょっと過大評価し過ぎでしょう?そんな数字馬鹿…」

「だーかーらぁ、馬鹿はどっちだって話」

「龍哉さん、…もういいですよ」

「…おい、黒橋、坊っちゃんの事、名前で呼んでんじゃねえよ、若手風情わかてふぜいが」

「…手前てめえこそ人の事、坊っちゃん坊っちゃん言ってんじゃねえよ!俺は坊っちゃんって名前じゃねえし、敬ってもないくせに口先だけで言われても気持ち悪いんだよ!」

「こっちが甘い顔をすりゃ…ガキの癖に、虎の威借りやがってっ!半端もん同士仲よしこよしかよ…っ」

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