何かを想いだすかのように、姐さんは伏し目がちになる。


「…相談なんて不必要だって、言いきったあの時のあの子の顔を想いだすと、胸が痛むわ」

「姐さん」

「あの子はまだ十四よ?なのに、あの子は、何かを諦めて、代わりに何かを選びとることを知ってる。その為には…何を差し出さなければいけないのかも、ね」

「……そこまでしても、坊っちゃんはここへ来られたいと?」


失礼を承知で俺は明日美姐さんにたずねる。


「ええ」

「…どうして…」

「珍しいわね、黒橋。あなたが他の人間に興味を持つなんて?」

「……」


どうしてなのだろう。

いつの間にか凍らせた筈の俺の感情がなぜあの少年の事にだけ、これほど反応するのか。

馬鹿げている。

分厚く覆い隠した筈の自分の『地』が、あの子どもの目線一つで揺らぐなど…おかしい。


「でも、悪いことではないわね。あなた、今、ありきたりの二十一歳の眼を、してるもの」

「!」

「今日のこの日のふれ合いを、未来のあなた達が懐かしく想い出す日もくるのかしらね」

「姐さん」


そうだろうか──。

そんな日が、来るのだろうか。

たかが数十分の初めてのふれ合いを、忘れがたく想いだす、その日が──。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る