水が合わぬと飛び立つ鳥。

同じ様に合わぬ岸辺を離れ捨て、水場を求めて旅立っても、意志こころが違えば辿り着く場所は違う。


あの少年の強い、けれどもその心の水底にくら揺蕩たゆた諦念ていねんのようなものが横たわる眼を、どうしても心から追い出せない。


「坊っちゃんはそれで良くても、御家族は反対なさるでしょうね」

「…馬鹿が聞いたよ。

“一生の大事ですよ?坊っちゃん御一人でお決めになって本当によろしいんですか”

ってな。なんたって堅気の現役中学生だ。半端な興味や片手間で入って来られちゃ溜まらねえって面してたよ、聞いた馬鹿は。そしたら、何と答えたと思う?」

「……」

「“父は泣くでしょうし、弟は反対するでしょうね。妹はまだ幼くてわからないでしょうし。でも、多分、あの人は…、母はきっと、何も言わない。俺は一度決めた事を変えはしないし、母だって、そうだったでしょう?それはあなた方もご存知では?相談するつもりも、必要もないからすぐにお答えしました。父方の泣き落としや懐柔に負けるつもりも引くつもりも毛頭ありません。…るべき所にるべき者が帰るのに支障が有りますか?”

雁首がんくび揃えたいい歳の強面連中が皆黙っちまったよ。大体、ご親族の前で聞くにゃ、でしゃばり過ぎたれ言だ」


俺は内心舌を巻く想いだった。堅気で育った子供が極道相手に吐ける言葉ではない。確かに【血】を感じさせる発言だったに違いない。


「強い眼を、してました。…十四にしては強すぎる『眼』を」

「ああ、それにちょっとばかり哀しい眼をしてた。極道にしか持てねぇ哀しい眼をな」


俺の言葉を肯定するように頷きながら松下の叔父貴は言葉を継ぐ。


「だから思わず言っちまった。

“それなら、来年からは神龍の坊ですね”、

組長アニキ将来さきは安心ですなあ”

ってな」


何より心強い発言だったろう。

周りが敵か味方かの判断もまだつかない中で、その場の舎弟でも筆頭の松下の叔父貴から出た発言は、暗に自分より下の舎弟ににらみとおどしを掛けたものに他ならない。


「それで坊っちゃんは、今日は?」

「本家のほうに泊まられる」

「そうですか」

「挨拶に行くか?」


さりげなく、言われる。


「…いえ、ご案内をさせて頂いただけの縁ですから」


少年の強い視線を思い返しながら断りを入れる。

幹部ならいざ知らず、俺から挨拶など受けても戸惑うだけだろう。この先、関わりを持つかも分からないのに。

すると。松下の叔父貴は何故か笑い出す。


「何だか似てるなあ。坊っちゃんに言ったんだよ。

“俺に最初に声をかけてくれた若い人は誰ですか?”

って聞かれたから、

“あれは、うちの黒橋って若手ですが。主に護衛で、時々事務方も任せている奴です。挨拶に来させましょうか?”

って聞いたんだ。…そしたらよ」

「……」

「“縁が有るのなら、また話せるでしょう?わざわざはいいです。まだ、俺は【ただの子供】だし。挨拶させられたって黒橋さんって人も戸惑いますよ”、

だと」

「!」


自分が思っていた事を、写すかのように同じく考えていた少年。

俺は少なからず、衝撃を受けた。

【ただの子供】?

冗談じゃない。

【彼】は。

恐らく、この極道の世界に来たとしても、類を見ない『規格外の存在』になるだろう。

そんな予感に、なぜか心が震える。

ほんの数分、触れあっただけだったのに。


まさか、後年、自分が【桐生龍哉】と深く関わる事になるとは、自分が生涯を賭けて仕える【親】が七歳も下の子供になるなどとは──その時は思いもしなかったのだ───。

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