あれは龍か……それとも?
その少年を、初めて見かけたのは俺が二十一の時だった。
第一印象は『イヤに落ち着き払った目付きの悪い中学生』。
移り変わりが大分早くなってきた極道の世界。
だが。消えゆかんとする
極道の血を捨てたいと神龍から離れていった妹にあたる人の長男だという事は知っていた。
堅気で十数年暮らし、その世界しか知らない者が後々若頭となり、やがては組長に?
それよりも『見学』と称してやって来て、果たして数時間でも極道の一家を目の当たりにして耐えられるのか?
能力は無いくせに人の粗探しをするのには
はっきり言って、余り関心はなかった。
会長が決め、組長が受け入れ、打診した。結果はどうあれ【上】が白鳥を
邪推も期待もなく。今日来るのか、くらいの意識しかなかった、とある日曜日。
「黒橋さん、あの」
「ん?どうした、新庄?」
「あの…門の前の電柱の所に、見かけない中坊が立ってるんですが…もしかして?と思って。まだ三下も気づいてなくて。俺、ちょっと外に出た帰りに気がついて。まだ時間には随分早いと思うんですけど…」
下部構成員とは別の部屋でPC入力をしていた俺に、一つ年下だが、不思議とウマが合い、慕ってくれる新庄がこっそりと告げに来て。
何故だかその時。
関心がなかった筈なのに身体が動いた。
「…分かった。行ってみる」
表に出てみると。
そこに、いた。
──軽く
幼くても、まぎれもなく桐生の血を感じさせる。
「……石田の、坊ちゃんですか?」
声をかけると。
屋敷を見上げていた瞳がふうっと下りて、俺を捉えた。
「…はい。今日はお世話になります。石田龍哉です」
聞かれた事だけに的確に答える利発さ。
「お入りください。今、下の者が会長と組長をお呼びしに行っていますから」
「お手数おかけします」
確か十四歳の筈だ。
だが、少年の落ち着き払った態度は彼を実年齢よりも大人にみせた。目付きが悪い、と感じたのは一瞬。
近づいてみて分かった。
彼は瞳の力がとても強い。普通の中学生が持てる眼力で無いことはすぐに知れた。
「おうおう、来たか」
「早かったな、龍哉くん」
だが、彼の観察をする暇はそう長くなかった。
背後から聞こえてきた会長や組長の声に俺はスッと身を退き、彼らの姿が見える前に少年に一礼し、その場を去った。
少年もまた、何も言わなかった。
その日の夜半。
ワーカホリックだと自覚しながら自室で事務作業諸々をノートPCでこなしていると。
小さなノックの音が、静寂を破った。
「はい」
「ちょっといいか」
扉の向こうから聞こえてきたのは、組長の懐刀というべき舎弟、松下の叔父貴の声だった。
「どうぞ、お入りください」
「…少し、邪魔する」
二メートル近くある長身を屈めるようにして松下の叔父貴は俺の部屋に入ってくる。
向かっていたPCを閉じ、椅子から立とうとした俺を松下の叔父貴は手で制する。
「そのままでいい」
「…はい」
松下の叔父貴はそのまま俺のベッドに腰をかけて俺と向かい合う。
「…今日、石田の坊ちゃんが来たが…。会ったそうだな?」
「お声をおかけして、確認させて頂いただけです。下の不調法があってはいけないので。すぐに失礼させて頂きました」
会った…というほどの深い関わりではない。
と…、そのときはそう思っていた。
「…まだ俺とあと数名しか知らないが、あのお方は高校からは『石田』ではなく、『桐生』に変わられる」
「!」
俺は少なからず驚いて松下の叔父貴を見返す。
「…即決だよ。十四の子供が。親族の会食が終わられて、会長、組長、上層幹部の目の前で」
“名前が変わるのは、高校からでもいいですか?”
真っ直ぐに顔を上げて、祖父と伯父の眼を反らさずに見つめて。そういったのだと言う。
“俺はここへ『戻り』ます。両親に聞く必要はありません。…俺が決める”
“戻る”と。少年は明言した。
「久しぶりに背筋に震えが走ったよ。歳が十四だ、中坊だ、堅気の家の息子だ?…違う。あれはこっち側の人間だよ。生まれながらのなぁ?お前も見たんだろ?」
「……。お声をおかけした時。動じずにこちらを見返された強い瞳の光は…拝見しました」
「…生き
言葉を続ける松下の叔父貴。
「
翠というのは組長の妹、つまり会長の長女。龍哉という少年の母の名だった。
会長の妻であり、自分の母である会長夫人が亡くなった数日後に、もうここに留まる意味が無くなった…、そう言って桐生から出ていったという
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