あの文親ふみちかですら、淳騎にはまだ庇護対象ひごたいしょうだ。


「皆様、身を慎み、亡き方をいたむべきおときの場で一身いっしんの不徳から騒ぎを起こしまして、申し訳ございませんでした」


俺はその場で深く頭を下げる。

膝をつくのはやり過ぎだからやらない。ただ一番の年下で若輩者なのは確実。下げられる頭は下げて礼を尽くしておいて間違いはない。


だけど。


「龍ちゃんが何したって言うんだよ?被害者だろ?」


石塚さんはあたりを牽制けんせいするように言ってくれる。


「場を騒がしたのは事実ですから」

「義理堅いなあ、全くよお」

「それより、お二人に危ない思いをさせまして…」

「それだよ、龍ちゃん」


麻生さん?


「こっちが守るべきなのにさ、守られちまって情けない」


さすが麻生さん。

塚田の若頭補佐は伊達じゃない。


「塚田の双璧に傷一つつけられませんよ?大事な【兄さん達】ですからね?」


周りに歳上はいても、兄貴分的な存在となると限られる。側仕えは年が上でも立場は俺が【上】だし。

文親は【兄】じゃないし。


対等かそれに近い存在で俺が【兄さん】って考えられるのって、ね。


思いながら。ふと二人を見ると。

え?

ちょっと顔が赤くなって、天井を見上げて、目を片手で覆って。んんん(///ω///)♪っ、ってなってる?

あれ?


『龍哉さん、あんたは無自覚なデレのほうが破壊力が高いんですからね?知りませんよ?また第一補佐に怒られても?』


広衛くんの呆れたような声の幻聴が聞こえてくんな。


「おい、麻生、これが【萌え】か…♪」

「多分、そうかと…。若頭♪♪」

「おい、龍哉、他組のツートップ、使い物にならなくしてんぞ?」

「親父…」


親父のほうを向けば、呆れた顔だ。…確かにな。

解せないが。


だが。


「…相変わらずだなぁ、龍哉」


その時。部屋の入り口から聞こえてきた声。

ふっと振り返って。俺は目を見張る。


「!」

「随分痩せちまって。変わらずに良い男だがよ。会わねえうちに威勢も育ったみたいだしよお」

「紳二郎…さん?」

「おう」

「…本当に…?」

「久しぶりだが、足もあるし。本州離れてたからな、長いこと。ここの会長さんには良くしてもらってたんで顔だしたんだが、まさか育った子蛇に会えるとはな?」


入り口に立つ四十半ばの男。

ヤクザというにはお洒落すぎんだろ、喪服でそれかよ、こん畜生!な容姿と、強い目力めぢから


「いい若頭カシラになったなあ?桐生龍哉?」

「紳さんっ!」


誰もが茫然と動けないなか、俺は入り口に駆け出して飛びつく。


「おうおう」


男は俺を抱き止めて頭をわしゃわしゃしながら笑う。

男の名は、──須永紳二郎。


今は極道に籍は残したまま、一線を引いた形だが、一時はその名を【東】にとどろかした、伝説の一匹狼──。


誰も、誰も知らない。

親も、側仕えも恋人も。


誰も知らない、俺の──師匠。


そう言えば、紳二郎さんは笑うだろう。


「馬鹿、【友達】だろう?」


と────。

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