そのまま、法要後の会食かいしょくという流れになる。おときと呼ばれて法要列席者や法要に呼び、尽力してくれた菩提寺の住職などに感謝して出される食事だが年回忌、しかも七回忌にもなれば。呼ぶものが限定されてくることもあって。豪華な仕出し弁当などがきょうされる事が多いけれど。

ご多分に洩れず。

少ないと言っても仮にも樋山本家会長の年回忌。

案内された大広間には四、五十人は人がいて。

さすが、と思わされる。

組長格はともかくお付きを最小限に削って別室に待機させてこれかよ?すげえな?

うち?

本当はあの挨拶のあと、個室会食を打診されたよ?

今回かなり注目されてるから色々と…って。

でも断った。

こっちにも、目的はあるし。


王照きみてるさんに恥は掻かせません。お任せを」


って笑ってみせたら。

感心して納得してくれたけど。




関係性から上座の近くにしつらえられた神龍本家の席に向かう為に、一歩部屋に俺が踏み込んだ途端。

部屋の喧騒がピタリ、と止んだ。

あらあら、何てあからさまだ事。


じろじろ、じろじろ。

擬音が聞こえるほど見られてんな。

ま、目立つだろ?ほぼほぼ親父世代の中に二十代の羽織袴。しかも隆正が連れてりゃ、素性は丸バレ。

側付き削られてるなかで神龍のみフルで付いてるし。


知った顔も見える。

常磐の組長。蒼江さん。

でも席は離れてる。まあ、今の神龍と常磐の関係性考えりゃ離すわな。

他にもちらほら。

でも目礼で挨拶するだけ。

今は、ね。


案内された席について、まずは献杯(故人へ捧げる杯)の挨拶があって。

その後、食事が始まる。

仕出しは金に糸目のつかない、普段は仕出しなんて想像もできないくらいの超高級料亭のもので。

しばし、味を堪能する。

旨い。

王照さんを見て声に出さずに“美味しい”って言うとご機嫌になるのが分かって。

そんなのも周りに見られてんなーとか思いながら知らんぷり。


「おい、龍哉。フルスロットルで王照、タラすなよ?」

「えー、前日サプライズの割には俺よくやったと思いますけど」

「…お前はやりすぎを自覚しろ?」

「(●´ω`●)ゞエヘヘ」

「…見ろ、あの上機嫌。メロメロじゃねえか。…面倒くさい」

「親父。帰ったら甘やかすから拗ねないで」

「要らん(`ε´ )」

「素直じゃねえなあ、アニキ」

「…秀元?」

「おっ、怖!龍坊、アニキが苛める(泣)」

「ハイハイ♪…二人とも、十川の叔父貴がチベスナ顔になってますよ?」

「…チベスナ?」


キョトンとしてるよ、十川の叔父貴。


「年寄りに分かりやすく言えば、この場合は『ワケわからなくてうつろな顔』だな?十川」

「……ですね?ざっくり言えば。さすが松下の叔父貴♪」

「後継、舎弟頭。騒がしいですよ、静かに食事を」

「ほら怒られた。うちのスパルタ…じゃなかった『良心』に」

「…十川の叔父貴。申し訳ございません。私の躾が足りませんで」

「黒橋」


淳騎が対面に座る十川の叔父貴に頭を軽く下げる。

十川の叔父貴が淳騎になにか言おうと口を開きかけたところで。


「若っ…」


という声と共に。

軽く横に押されるようにして、国東の声が俺の背にかぶさるように聞こえ。


「ちっ!つまんねえ、くそ三下が!庇ってんじゃねーよ!」

「国東っ!」

「氷見っ、国東の首元から肩口に水を!そのタンブラーの水でいい!」

「はい!補佐!」


俺に覆いかぶさるようにして庇う国東の背中が濡れている。湯気がまだ見えているくらいで、温度は俺にすら分かる。そこに清嵩がすぐに水をかける。


きっ、と見上げると。

樋山組長の家族席、神龍の席とあって。その隣の座卓席に座っていた三十代ほどの男が茶碗をまだ手に持ったまま、仁王立ちして、こっちを睨み付けている。

確か親戚筋の席だった気が…。


りょうっ!」

「…若…大丈夫ですか…。茶、かかってませんか?」

「平気だ。…お前こそ…っ」

「良かった。本当に良かった。俺は平気…です。ちょっと首元ヒリヒリするけど…ほとんどスーツにかかったんで…。厚手で、良かった…」


確かめれば、首元が赤くなっている。

水疱にはかろうじてなっていないが、数日は痛むかもしれない、軽度の火傷。範囲は狭くても、な。


「急に随分な事してくれますね」


俺は手で合図をして神龍の面々を抑え。立ち上がろうとした樋山組長を目で抑えて。

その場で立ち上がる。


「上級煎茶の最適温度って七十~八十度なんだよな。そんなものを人に突然引っ掛けてくるんだから、喧嘩売る覚悟も気概もあってやってんだよな。どこの誰かは知んないけど?ああ、名乗んないで良いぜ?俺を守ってくれた可愛い配下に火傷させといて三下呼ばわりするような下衆、素性なんざ知らなくていい」


やはり立ち上がっている男に一歩近づき、顎をわざと上げて見下ろすようにしてやる。

男は一七◯あるかないか。対して俺は一七六。

かなりの圧をこれだけで感じるはずだ。


「何を…!」

「仮にもここは樋山の先代の区切りの年回忌の法要が無事に終わってのお斎の場だぜ?人様にいきなり高温の茶、ぶっかける場じゃねえよな?」

「……っ!」

「親戚座席で代紋も着せて貰えず無紋の羽織袴に無礼働かれる覚えないんだけど?ヒステリックなお馬鹿さん?」

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