以前は完全に初対面の人間の前ではやらなかったけれど。

俺が今日ここに親父に連れてこられた意味を考えるなら【動こう】か。


「央壱さんと、今は天上におられる樋山ひやま主計かずえ会長はお知り合い、或いは親しいご親交があったのでは?」

「!!」

「いちいち、組を通さぬものだったのではないかと」

「…っ…」

「組を通していれば津島の父親が知っているはずですからね」

「…兄貴」

「そう思うとな?樋山組長の反応に合点がいくんだよ、…高央」


今、あえて、下の名で【弟】を呼ぶ。


「…で、息子の樋山組長は、何故かお前の【存在】を知っていた。名も人となりも知らなくても【津島央壱の孫】、それだけは」

「…おい、隆正。この若頭は何者だ。どうして……」

「俺の自慢の息子だよ」

「隆正」

清瀧せいりゅう宜圭よしきよさえ、こいつには一目置いてる」

「なっ……」

「お前の耳にも小蝿コバエどもの噂は入ってるだろうが?宜圭にそれを言ったら普通に鼻で笑われるから、気を付けろよ?」

「隆正…」

「おい、坊主。いい加減に俺の側に来い」

「…はいはい。…お前ら、ちょっとここで待て。高央、一緒に来いや」

「…はい。兄貴」

「組長も上座に御戻りを」


返事を待たず、俺はその場から立ち上がって、親父の側に行く。

淳騎の着付けは完璧だ。

吸い付くような着心地。動くほどに馴染なじんでゆく。


「お前の義理堅さは買うが、慣れない奴には正攻法のほうが効くこともあるぞ」


隣に座った俺に親父は言う。


「津島の、今はいいから龍哉の隣に座れ」

「…はい、組長」


高央は素直に俺の隣に座し。

樋山組長も上座に戻る。


「…で?」

「隆正…」

「…うちの息子の推理とやらは正しいのかな」

「………」

「そうみてえだな」

「…親父が…亡くなる時に初めて聞いた。俺には盟友がいた。みちの半ばで病に倒れた……と。亡くなる直前まで気にかけていた初孫…」

「………お祖父様…」

「困っていたら助けてやってくれ、と。けれど…。隆正とは知己でも。神龍の幹部、舎弟に口も手も調べも入れられるはずもない」


まあ、そうだろう。情報操作、調査特化の俺や雅義はあくまでも異分子。

ま、常磐の場合は雅義というより、側近のたかむら悠希はるきが、なのだが。


「済まない。ようやく会えた。そう思ったら…。色々聞いて混乱して……膝をつかされているのかと、勘違いして……。失礼な事を」

「…おい、龍哉」

「はい、親父」

「…俺の知ってる事を、話していいか?それがお前と高央の真実じゃねえことは百も承知で」

「…お願いします」

「兄貴」



「いいか?高央」

「はい、お願いいたします」

「…王照きみてる

「…隆正」

「こいつの、津島高央の父親の博敏ってのはな。よく言えば一本気、悪く言えば頑固で思い込みが強くて。

自分が武闘派であることだけが頼みの古参だった。だが高央は央壱さんの資質を鏡でうつしたかのように文武両道、頭脳明晰、しかも、津島の組の事務局長、本部長兼任なんて無理難題押しつけられても、負けまいと、祖父の名に泥を塗るまいと黙って歯を食いしばってやりおおせるような男だったから」

「…なに…」

「父親は組を継ぐ若頭候補は自分の取り巻きから選んではべらせておいて。プレッシャーだけを高央に与え。いくら矜持高くとも飛ぶ事を諦めていた小鳥。そんな高央の前にあらわれたのが、うちの息子だ。うちの息子は膝をつかせた訳じゃない。ただ、【自由】を差し出しただけだ」

「…自由?」

「もう誰にも行動を抑圧されず、己が仕えて誇るべき主に持てるべき全てを捧げて生きる、自由。これ以上の誉れはないだろう」

「………」


組長は茫然と、している。

確かに情報過多かもな?

俺も推理しといてビックリだけど。まさかの高央方面での思わぬ伏兵。

なんかさ、涙目になっちゃってるんだよね。

法事で気持ちも少なからず高ぶっているところに、亡き会長が心にかけていた人間が現れて。いきなり全てを理解できる筈もなく。とりあえず訳の分かんないのからつついて見たら、四方八方から軽く脅されるし(笑)。

ちょっと可哀想。この人なりに探したり気にかけてはいたんだろうから。

うーん。

…あ、そうだ。


舩木ふなきさん、ちょっと」

「…何でしょうか、神龍の若頭」


部屋の隅に控えた樋山の若頭を手招きする。

すぐに来てくれた舩木さんをもう少し近くに寄せて低く彼にだけ聞こえるように耳打ちする。


「本当は本人に言いたいんだ。だけど、今から言いたい内容ってまだ機密性高くて。神龍本家の今いる面々にも言ってないし、補佐にも明言するのは先だ。だからといって樋山の上席がいる場で樋山組長に耳打ちする為に近づいたら警戒マックスになるでしょ?」

「…若様」

「伝えて。あなたから。

“津島高央は俺の大事な飲み分けの兄弟です。遥か先に俺が統べる神龍では彼は一の舎弟。舎弟の頭は彼をいて、いない”と」


舩木の目が見開かれる。


「神龍の若様」

「安心して欲しい。央壱さんに負けず劣らずの勇猛果敢、頭脳明晰な執行部の守護神にしてみせるから、って」

「……はい」

「御願いする」


舩木は俺から離れる。

そして樋山の組長に近づくと素早く耳打ちする。


すると。

パッと俺を見た樋山組長の眼に、みるみる盛り上がる涙。そして、その場で号泣。

号泣しながら、また上座からおりてきて。

俺を泣きながらハグしちゃったよ。

害意がないからうちの面々も動かない。

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