わざわざ上座からおりてきて顔も知らねえ若造の前に座った他組のおさ

そして組の代紋を両肩と背にった今日の俺。

逃げる気も誤魔化す気もない。

高央は何事かと少し慌てているのが知れるけれど。


「動機は申し上げません。それは俺と津島のものですから。経緯と利害ならば、同じ組の指揮の長として。

能力が人並み以上有るのに振るう機会もその場所も与えられずに実家で飼い殺されていた辣腕らつわん。それが津島高央だった。高央の能力、高央の誠は俺に必要だったから劣悪な環境から引き上げた。そういうことです」

「…兄貴」

「大事な大事な【弟】ですよ。今は俺の唯一人の」

「……分からねえな。津島の組で飼い殺されていた?能力があったから、てめえに必要だったから引き上げた?それで五分に?自分の勝手か?」


きつい眼差し。少なくとも法事で、初対面で向けられるには理不尽な。

だが。


「申し訳ないですが失礼千万は承知の上で。俺への揺さぶりは無駄ですよ?

そちら様の手のうちを明かさずに、こちらの手のひらだけを開けろと言われても」


俺はフッ、と笑む。

柔らかく、見える笑み。


「結ばれるゆかりは天運。

俺は懐に入れる鳥は自分の籠の中で自由に飛ばせるために縁を結ぶ。周囲はたからどう見られるかなんて知ったことじゃない。なんとなく分かりますよ。俺の周りは全員歳上で。口先上手な若造が、てめえより上をひざまずかせているように見えますからね」

「…その通りだ」


はっきり言うねえ。


「樋山組長、それはうちの若頭に失礼では…」

「…十川。有り難うよ、だけどまあ、今は」

「隆正様」

「高みの見物でいい。…こいつは千迅せんじんの谷に突き落としても、崖を駆け上がってくる獅子だからな」

「……?」


うるせえよ(笑)、クソ親父。

ハードル爆上げしてあおんな?


「お側でひざまずかせて頂けるなら、この命、この心、惜しみは致しません、龍哉様。祖父亡きあと、心を封じて津島で生きていた私に生きる望みと自由と居場所を与えてくださったあなたに報いる事が少しでも出来るならば盃を割った覚悟は無駄になりはしない」


高央の声が背後から俺を援護する。


「…盃を割った…?」


事情を知らない樋山組長は訝しげな声を出す。


「はい。樋山組長、私へのご興味の意図が若輩の私には読めませんが、若頭、いえ、兄貴は、兄弟にして頂いているとはいえ、私が生涯、二心ふたごころなくお側に仕える事を決めた唯一人のお方、その証に盃を頂いたその場で割らせていただいたのです」


高央が答えると。


「綺麗に割ってたなあ?なあ、津島の?あと、そこの第二補佐もな?おんなじ日に盃分けして、五分と二分八で割合違うのにまあ、割るタイミングはぴったり(笑)。見てて気持ちよかったわ」

「親父、喋りすぎですよ」

「悪い悪い♪」

「どうだか」

「余計な手助けをもう一つするかな?うちの息子と津島高央の絆についちゃ、神龍うちの会長もよく知ってるしお墨付きだ」

「!」


樋山組長が高央に向けていた顔を俺へと急いで向けなおす。


「餓鬼じゃねえか」


と、そこで。


「お話中、大変申し訳ございません。…後継、組長とお話させて頂いても?」

「…いいぜ」

「それでは御許しあって、第一補佐黒橋、組長様にお話させて頂きます」


淳騎が笑顔のまま、割って入り。

居ずまいをただして話し出す。


「確かにうちの後継を歳だけで見ればご判断の通りですが…組長様、桐生龍哉は神龍の宝、次代の【東】の極道の世に名をとどろかすだろう稀代の極道に確実にその勇名をつらねる男です。…津島の叔父貴に、何のご縁が結ばれているかは存じ上げませんが、大事な大事な後継を眼前であなどられるのは神龍の若頭第一補佐、執行部の一員として見過ごすわけには参りません。それがたとえ、他組のおさであろうとも」


淳騎のおもてに浮かぶ、華のような。

場にいる人間を一瞬で魅せる、笑み。


「隆正様と御一緒に並び座らないのは若輩者、初参入の謙譲、遠慮。作法を知らないわけでは無い。むしろきちんとわきまえているからこそ、初対面の御方に尽くすべき礼節を尽くしただけでございます」

「……」

「何かございますなら直接叔父貴にお尋ねになればよろしいのでは?七回忌という、大変名誉な場にお呼び頂いておいて申し訳ございませんが、これ以上神龍の宝を、大事な【親】を下げられるなら、私ども【子】にも、勿論、【弟】である津島の叔父貴にも、『考え』が浮かばないとも限りません」


凛と背を伸ばし、樋山の組長から眼を反らさず。

言いきる淳騎の眼の底には確かな怒り。


「まあまあ、熱くなんな?黒橋?」

「後継」

「俺は餓鬼だしな?それは変わらない」

「しかし」

「お前の気持ちは受け取るが、今は引け」

「…承知」


淳騎が笑みを消し、鉄面皮に戻る。

二人とも納得済みの腹芸だけど。


「補佐が失礼を致しました。有能きわまりない執行部の要なんですが、俺への番犬気質が強すぎるのがたまきずでしてね」

「…神龍の…若頭…」


眼の前で繰り広げられるやり取りは、樋山組長には刺激が強すぎたらしい。


「ちょっと推理をしてみても?」

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