第17話大阪、新世界のメゾンドフォレスト201でジャンプすると、小笠原栞の体が30センチ浮く。1


日本時間19:15。

CIA 特別行動センターのエージェント、アレックスは、墨田区のカフェでコーヒーを飲んでいた。


パソコンのモニターにて、本部から送られてくる情報を整理している。国家機密だが、まさか墨田区の茶屋でそんなもの見てるとは誰も思わない。

むしろ、レンタルオフィスやホテルに外国人が篭っていると、足がつく目にもつくというので、案外墨田区の茶屋が丁度いいこともあるのだ。


里崎大樹は、新宿区の改装中のオフィスビルに移動したそうだ。場所は、2階会議室。

流石に警備は厳重のようだが、外壁に面したフロアのようだ。やるとしたらドローンで外から爆破がいいだろう。

アレックスは、オフィスビル会議室の図面を頭に叩き込み、必要な爆薬の量を計算していた。


突然、後ろから、肩を叩かれた。

アレックスは咄嗟にモニターを伏せた。


「よう。エージェントアレックス君」

相手はさっき会った……確か庄司とかいう警察官だ。尾行されていたつもりはないが……



「……なんのつもりか知らねけど、ワシから何かを聞けると思うなや」


「そうじゃあねえんだよ。俺は……」


そう言って、庄司はコーヒーとホットドックを、アレックスの向かいに置いて、席に座った。


「友達と話をしに来た。世間話をしに来たんだよ。なんでアメリカがここまでピィ事案に介入したがるのか。

 だって変だろ。お前確か、米軍基地の兵が危ないって言ったよな? ……埼玉県の野球少年一人でそんな事態になるかい?

 ならんだろ。……なんで、里崎に手を出した?」


「…… ……無能とはつるまんのよ。ワシ。」


「言うね。相変わらず」


庄司はホットドックを頬張った。腹が減っているのだろう。


「……なして、ワシがここにおるとわかった」


「ああん?……偶然だよ偶然。偶然、お前さんがここに入ってくのを見たの」


「おげばっかいいくさるな」


「ははは。冗談だよ。本当はずっと付けてたんだ。お前さんが悪さしないかって」


「……そっちも嘘じゃな」


「どうだかね」


「事と次第じゃお前を消すぞ」


「怖いねえ。CIAは……。でも……これで俺のこと少しは見直してくれたかい?」


アレックスはコーヒーを一気に飲み干し、立ち去ろうとした。


「おっとっと。ここは俺に奢らせてくれよ。友達だろ。……なあ。教えてくれよ。アメリカは本当のところ、どこまで把握してるんだ?」


「全部言うとるじゃろが」


「だったらなんで、事態を収集させない?里崎を始末するなんざ……正直おたくらにしては随分安直なやり方だよな。

 ……お前らも発生因子は見つけられても、発生条件まではわからないんだろ。……そうだろ?」


「無能とは口ばきかん」


「待てって。じゃあこっちも言わせてくれよ。俺は無能だけど、お前さんも大概だよな」


「何が言いたいんじゃ?」


「だってそうだろ。まず初手で葛原に負けて失敗してる。まあそれは些細なアクシデントさ。肝心なのは次手だが……

 そうだな俺がもしお前なら……ドローンを使ってウチの施設を爆破するなんて、不確実な方法はとらんかな」


一瞬にしてアレックスの顔色が変わった。


「始末するぞ」


「怒んなよ。覗きはお互い様だろ」


「……何者だ?お前」


「俺かい?無能な警官さ。でもそうだなあ。

 俺だったらGIDAをもっと有効活用して、春日商の野球部数人を一箇所に集めて人質にする。そして里崎を炙り出す。これなら確実だし、要らん被害も出さずに済む」


「…… ……そいじゃ、30点以下たい」


「辛いねえ。じゃあ、取引しようぜ」


「応じね」


「まあ聞けよ。葛原って婦警、知ってるか?調べたらあいつすげえぞ。極真空手と躰道の有段者で、地元では北辰一刀流の大会で優勝してる。

 しかも川谷流合気道の免許皆伝だぞ」


「……全部しっちょる。武人として、こうべを垂れもうす」


「だろ? どうだい。葛原、お前んとこにやるよ」


「what?!」


「ははは。思わず素が出たね。どうだい。葛原を訓練教官として雇っては」


「……ワシには決められん」


「なあアレックス! ……本当はお前らもこの事案に相当焦ってるんだ。そうだろ?日本とアメリカのことなんて一度忘れようや。

 男と男。それも同じ悩みを持ってる男二人だ。俺は無能かもしれんが、お前が思ってるよりか、友達思いだぜ?相談に乗ってくれるかもしれねえぞ」


アレックスは深いため息を着いた。


「めんどっちい男たい」


「はは。褒め言葉として受け取っとくよ。」


アレックスは、リュックから小型のスーツケースを取り出し、暗証番号を入力してA4用紙を数枚取り出した。


「だあれにも、言うな。ここで見ろ。写真も撮るな」


「んなことしねえよ。友達だろ」


一枚は日付が去年になっているアメリカ、カリフォルニア州の精神病院のカルテ。

もう一枚は、デトロイト州で車のセールスマンをしているモーリスと言う名前の男の個人情報だった。

それを見て、庄司は全てを察した。



「…… ……やっぱりか。里崎が初めての因子じゃねえんだな」


「被害者は200人出た」


「このモーリスって男が因子だったのか。……こいつは? まさか……?」


「排除した」


「……納得がいったよ。それで、これからも『因子』は増え続ける可能性があるって事だな?」


「それだけなら、まだよか。……ほんと、おまんはピィ事案の事何も知らんのか」


「…… 知らんね」


アレックスは、スマートフォンを取り出し、動画を見せた。


日付は昨日になっている。


時刻は朝から昼。場所はおそらく日本と思われるがどこかの交差点に置かれた監視カメラだ。人通りがそこそこあるので市街地だと思われる。

数人がカメラの前を通り過ぎていく。

すると突然、10代の少女が前触れもなく転んだ。後を歩いていた婦人がびっくりしたが、「大丈夫?」と声をかけた。


動画はここで終わった。


「……これが何か?」


「こける瞬間、拡大してみ?」


庄司は、スマートフォンを操作し、少女が転ぶ瞬間で動画を一度とめ、少女の足元を拡大した。少女は学生なのか、丈の長いスカートと革靴を履いている。

動画をスロー再生すると、少女は、何かにつまづいたわけではなさそうだった。前触れもなく、体が500ミリのペットボトルの大きさほど、「浮いた」のだ。そして落下した。


「それは広島県で、昨日の出来事じゃ。この件に関してはワシはなんもせん。……日本ではの。アメリカには来させね。

 道路で転ぶだけならええけんど、こん子がエスカレーターに乗ってる最中にこんな事起きたら……どうなるか想像つくな?」


庄司は頭を抱えた。そして数日前元院が言っていたことを思い出した。

『嵐は空からだけじゃなく足元からくる。嵐に気づかないやつから足元をすくわれる』

つまりそう言うことだ。

自分達は「埼玉県英語分実事件」に焦るばかりで、『違う事案の発生』を見落としいた、いや、探そうとも思わなかったのだ。

庄司を見て、アレックスはさらに言葉を紡いだ。


「ペスト患者をはじめて見た人間も、今のおまんの顔みたいだったろうな。

 ワシが何を言いたいかわかるか。こんなもん、不条理でもなんでもなか。人類の、道の上に用意されとった出来事の一つじゃ」


ふと、庄司のスマホが連動した。誰かから連絡が来たのかと思いきや、またもやニュース速報だった。


こんな見出しだった。『代打出場のカール・ギブソン選手、スーパーセーブを記録』


……もういい。それどころじゃない。庄司はスマホの電源を切った。


庄司は、自分がもしかしたらアレックスに言われている以上に無能なのかもしれないと言う気持ちに苛まれていた。


「どないした?」


「別に。……なあ、あっちゃんって呼んでもいいだろ?もうそう言う関係性だろ?俺たち」


「……ふざけてる場合じゃないぞ」


アレックスの表情がさらに険しさを増した。頭髪は心なしか逆立ち、額には汗をかいている。


「今はまだ、英語がなくなったり、人間が数センチ飛び上がるぐらいですんでる。だがある日突然、太陽が光を失ったら?

 炎が世界を焼きつくしたら? お前に何ができる?」


「……聖書じゃねえんだから。」


「聖書がフィクションだったと、証明できるか?」


「…… ……」


「それと、これだけは言っておく。このまま、この事案を日本が制御できず、これ以上新たなピィ事案が日本で発生するようなら、……CIAの仕事じゃなくなるぞ」


「なんだよ。それ」


「共和党の一部が軍を介入させたがってる。煽られてるのはお前らだけじゃない。……これ以上は言わせるなよ。俺だって第二の広島や長崎なんて見たくないんだ。

 …… ……おまんとのくだらんやりとりに付きおうてる間に、世界中が『わや』になる可能性があるんやで。

 緊張感もて。おまんの部下も今頃、『わや』かもしれんど。

 わがったか?己のおめでたさが」


「……よくわかったよ。ありがと。……あっちゃん」


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