最終話

「なんでラベルがないの……」


「へ?」


 やばっ。思わず口に出しちゃった。


 あゆみちゃんがあたしの存在に気がついて、振りかえる。真ん丸な瞳が、より一層まるくなった。


「びっくりしたぁ、いつからそこにいたの?」


「……悪役令嬢ちゃんに詰め寄ってたとこから」


 聞かれた以上は答えないわけにはいかないので、あたしは素直に言った。


 彼女はますます驚いたように目をパチクリさせている。その反応が、眩しかった。


「最初から見られてたんだ、それなら声をかけてくれたらよかったのに」


 なんてはにかみながらあゆみちゃんが言うけどさ、そんなことできるわけないじゃん。


 悪役令嬢ちゃんがいたし、今この瞬間は、カツアゲが行われるはずだったのに。


「それ、どういうこと?」


「あ……」


「もしかして、知ってた?」


 あゆみちゃんの目が、あたしを貫いた。穴が開くほど見つめられたわけじゃないんだけどね。


 何を――なんてとぼけるわけにもいかないよね。


「うん、知ってた」


 あたしの口はどうにかなっちゃったらしい。聞かれるがままに、答えてる。委員長ちゃんに聞かれたときは、いの一番にダッシュしてんのに。


「そっかあ。じゃ、あなたが何とかしてくれてたってこと?」


「…………」


 あたしはなにも言えなかった。


 この太陽のようにあけっぴろげな性格をしている彼女に、何が言えようか。


 ラベルを張り替えて、なんとかしようとしてた、なんてさ。


「どうして、あゆみちゃんはなんとかしようと思ったの?」


 あたしの問いかけに、彼女は一寸の考えもしなかった。


「だって、よくないことじゃん?」


 なにがよくないことでよいことか。


 そういうのって、絶対の回答があるわけじゃないと思うんだよね。


 悪役令嬢ちゃんは、いじめるのが正しいって思ってるし、委員長ちゃんは自分がキモチイイことをしたいって思ってる。


 それって相対的なものだよね。


 でも、あゆみちゃんは違うんだ。


 彼女のやることなすこと、すべて正しい。


 いじめはよくない――そりゃそうだ。


 だからって、行動できるかは別問題。


 しょーもないことして、見てみぬふりしてたあたしみたいに、ね。


「どうしたら……あゆみちゃんみたいにできるの?」


「別に大したことしてるつもりはないけど」


 あたしは首を振った。本人は自覚がないかもだけど、それってすごいことなんだ。


 みんな役に囚われてる。


 ラベルのままに動いてるんだ。


 もしかしたら、あたしも――。


 ポンっと、あゆみちゃんが手を叩いた。


「あ、自分が思うままに行動するって感じかなあ」


「自分が思うまま……」


「うん。好きなようにやるって感じ? なんだかこれこれこうしなさいーって求められることがあるよね。でも、それに応える必要はないっていうか」


「ちょっと待って。ラベルを理解してるの?」


「ラベル?」


「首に貼られてるの。みんなの首にね」


 あたしは、この場にはいない4人のクラスメイトのことを話す。


 こんなことを誰かに話したのなんてはじめてだ。だって、信じてもらえるわけないじゃん? 首に役割が書かれたシートが貼られてるなんてさ。頭がいかれてるって思われるだけだよ。


 でも、あゆみちゃんはふんふん頷いてる。


 真面目に話を聞いていた。


「なるほど、ラベルかあ」


「信じてくれるんだね」


「そういうこともあるのかなって。レッテルっていうじゃん」


 なるほど、確かに貼られたあのシートはレッテルに近いのかも。あれは、他人によって貼り付けられた決めつけみたいなものだけど。


 それって、ラベルを付け替えてたあたしとなんにも変わらないんじゃないか。


「――そんなことないよ」


「……よくそんなはっきり言えるなあ」


 何も知らないくせに。


 何もできないあたしの気持ちなんか、なんでもできるあなたにはわからないくせに。


 あゆみちゃんは首を振った。


「だって、決めつけじゃなくて、あの子を助けるためだったんでしょ?」


「――――」


「だったらさ、ぜんぜん違うよ。決めつけは悪いけれども、人助けはいいことだよ」


 実に真面目な表情で、あゆみちゃんが言う。ガワだけは立派な委員長ちゃんに聞かせてあげたいね。この時間はそれどころじゃないだろうけどさ。


 ふーん。


 あたしはあゆみちゃんの首筋に目を向ける。その真っ白な肌には、なにものもありはしない。


 では、あたしには?


 首に手を当てる。


 指に触れたうすっぺらいそれを、ペりぺり剥がす。


 手にしたそれに、なんと書かれていたのか。あたしは確かめることができなかった。


 怖かったんだと思う。どのような役割を求められていたのか、知ってしまうのが。


 指から離れたシートがふわりと風に乗って、窓の外へと消えていく。


 雲一つない橙色の空へと消えていくまで、あたしはシートを目で追った。


 それから、あゆみちゃんへと向き直れば、目をぱちくりさせていた。


 そりゃそうだよね、首筋に手を当てて、何かを捨てたんだ。しかもそれを目で追ってるんだからさ、不気味に思わない方が不思議だよ。


「あたし、おいしいクレープ屋さん知ってるんだけど、行かない?」


「へ?」


 すっとんきょうな返事とともに、あゆみちゃんの目と口がまんまるに開かれる。ハニワみたいでかわいい。


「おごりたいの、ダメかな」


「ダメじゃないですけどっ! その、いきなりだったので」


 そうやって、目線を四方八方へ乱れ撃ってるあゆみちゃんが、かわいく思えてならない。


 ギュッと抱きしめたら、嫌われるかな……。


 ううん、それよりも。


「ねえ、友達になってよ」


 あたしの言葉に、あゆみちゃんはフリーズ。急だったかな。それとも、あたしとは友達になってくれないの。


「ち、違いますよ。ちょっと意外で」


「意外ってどういう意味さ」


「だって、いっつも一人でいらっしゃってたから、話したくないのかなーと」


 なるほど。あたしはいつもそう思われてたってことか。


 別にそういうわけじゃなかったんだけどなあ。いや、これは言い訳か。


「お、怒ってます……?」


「ん、別に。客観的意見に感謝してるくらいだって」


「よかったあ」


「じゃ、クレープ屋さんへいこっか」


 あゆみちゃんの手をつかめば、その小さな手がビクンと震えた。


 あたしは気がついてないふりをして、彼女を引っ張るように歩き出す。


 ちいさくて軽い体のどこに、悪役令嬢ちゃんとタメ張れる意志はあるんだろ。


 そんなことを考えながら、クレープ屋目指して、廊下を歩く。


 道行く生徒が、コモドオオトカゲでも見るような目であたしたちのことを見てくるけどさ、興味ないね。


 そんな彼女たちがどんな役に準じているのかだってさ、もう見えないし、見るつもりもない。


 どう思われようとどうでもいい。


 どんなことを期待されてるかなんて、知ったことか。


 ただ、好きなようにするだけ。


 好きになっちゃった相手と、好きなことをしたいんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

役のないキミが好き 藤原くう @erevestakiba

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ