第2話

 いつも通りの日常。


 みんなすました表情してホームルームを受けているけど、水面下ではアヒルみたいに蹴りあってる。


 悪役令嬢ちゃんはボッチちゃんからカツアゲしてるし、真面目くさった顔してる委員長ちゃんはせんせーと関係を持ってる。内申点の代わりに何を差しだしてるんだろうね? 


 あるいは、もっとひどいことをしてる生徒だっているのかも。


 それだってのに、ホームルームはつつがなく進んでいる。


 みんなみんな上っ面だけ。


「いや、役割だけか――」


 あたしの呟き声は誰にも届かない。窓の外を飛んでるチョウくらいだろう。不規則に揺れるモンシロチョウを見てたら、教室の扉がガラガラ開いた。


「転校生を紹介します」


 なんて先生の声が聞こえてきて、あたしはぼんやりと顔をそちらの方へ向ける。


 今まさに教卓へと歩いてくる少女。


 背筋をピンと伸ばして、キッと視線を前に向ける彼女は太陽の加減か――もしかしたら本当に――後光がさしていて、あたしは目が眩んだ。


 正直言って、一目ぼれだったんだと思う。


「○×市から転校してきました日向あゆみです」


 よろしくお願いします、というオレンジ色の声を聞きながら、あたしは確信していた。


 この人は普通じゃないって……そういうのたまに感じるでしょ?






 お花摘みから戻ってきたら、今日も今日とてカツアゲが行われてる。


 時刻は放課後で、クラスメイトはほとんどいない時間だし、委員長はせんせーとここでは言えないようなことをしているから、叱るような酔狂なJKは来ない。


 逢魔が時、なんていうけれど、よくないことをするにはうってつけの時間なんだ、放課後ってさ。


 いつもと同じだ。


 あたしが役割を変えてもくりかえされる。


 そういう流れになることが、台本で決められているかのように。


 でも――今日は違った。


「そういうのはよくないと思いますよ」


 悪役令嬢ちゃんに向かって、あゆみちゃんが言ったんだ。


 その太陽の光みたいな視線に、悪役令嬢ちゃんはぽかんと口を開いてる。それはコバンザメちゃんも、ボッチちゃんもいっしょだ。


 あたしだって、そうだった。


 みんな、ライブに乱入してきた子犬を見るような目で、あゆみちゃんを見ていた。


 やってきたばかりの転校生は、背の高い悪役令嬢ちゃんを物怖じひとつせず、顔を上げている。


 後光のように差しこむ日の光に照らされた表情に、恐怖はない。


 困惑はどれくらい続いたんだろう。


 一瞬? それとも、数分?


 悪役令嬢ちゃんが舌打ちとともに財布をボッチちゃんへと投げつけ、教室を出ていった。慌てて追いかけるコバンザメちゃん。


 小さくなる二人の足音に、あゆみちゃんが肩をすくめる。


 それから、床に転がっていた財布を手に取り、


「はいどうぞ」


 なんて差しだされてキョロキョロするボッチちゃん。


 受け取った彼女は、


「た、助けなくてよかったのに」


 財布を奪い取ってすぐに、ボッチちゃんもどこかへと消えてしまった。


 最後に残されたのは、あゆみちゃんだけ。そんな彼女は、ぐちゃぐちゃになった椅子と机を几帳面にも並べはじめた。

 

 そうするのが当たり前というように。


「やっぱり、変わってるや」


 悪役令嬢ちゃんに立ち向かおうとする子も、ボッチちゃんを助けようとする子もいなかったっていうのにさ。


 どんなラベルをしてるんだろ……?


 あたしはそっと教室に滑りこんで、あゆみちゃんの背後に忍び寄る。


 それで首を見たんだ。


 何もなかった。


 そこには、つるりとしたすべすべの皮膚があるだけだった。

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