episode14 後編~信頼~


「あいつは何も言わなかったぜ?『何でもありません!!』の一点張り。何でもないわけねぇって顔してるくせにさ〜。珠恵子ちゃん、ごめんね!!カマかけて」



悪びれず、へらへらと笑っている神原さんには怒りもなにも出てこなかった。


何にも知らない人にキョウのこと…相談しちゃった。


神原さんは構わず笑い続ける。



「…で何?珠恵子ちゃんはキョウと結婚したいの?」


「え??」


「いやだって、なんかもう一生の覚悟みたいだから。何をそんなにビビってるの?って感じ。」


「…重い…ってことですか?」


「…ん?まぁ…ちょっと…ね?」



そう言って含み笑いをした神原さんは食事を続ける。



…重い?


いや、違う。


神原さんのいう通り、単純にビビっているだけなのだ。


それを隠すための考えや言い訳を重ねていくにつれ、ことが大それたものになっただけだ。



神原さんと話して、そんなことにやっと気付いた。



「…でもまぁ、恭一にはそんくらいが丁度いいかもな!!」


「…へ?」


「今まで周りからも自分自身でも自分のことを大事にされることのなかったやつだからな。そんぐらい、対等に重いぐらいゴチャゴチャ考えてくれる人がいいよ、きっと。」



神原さんの言葉にあまりピンとは来なかったが、今沈んでいた私の気持ちを和らげようとしているのだと思えた。



食事をし終えた神原さんは箸をおいて、まっすぐに見た。



「俺はてっきり…恭一がフラれたんだと思ってた!!」


「…え?」


「あんな奴だし、好きじゃなくてもフラなさそうというか、フレなさそうというか?」



それもなんとなくわかる。


ココ!っていう強引さとか、押しはない。



「って思ったら、あんたはあんたで何故か落ち込んでるし!!」


「…」


「…もうやってくしかないんじゃない?」



神原さんの言ってる意図が見えず、返事が出来なかった。



「信じるしかないってこと!!」



信じる?



「珠恵子ちゃんは恭一の悪口はホントに洒落なのか?って心配してたよな?」


「はい。」


「そういうこった!!」


「…え!?」


「シャレなのか、悪意なのかどうかは、俺と恭一の信頼の積み重ねで、恭一がシャレを言っているって俺を信じているからで、俺もシャレと通じると信じる。それで初めて成立する。」


「……はい」


「恭一と珠恵子ちゃんのの関係ってやつも一緒!信じるしかねぇだろ!!」



神原さんの言う“今後”は“体の関係”も含んでいると気付いて、俯いた。



「信じるって難しいけどな。友情にしても愛情にしても…。一日でどうにかなるほど、頭で考えることじゃねぇし、ただ長く時間を過ごせばいいもんじゃねぇし。」



神原さんは立ち上がって顔をこちらに近付けた。



「それでも一緒にやるしかねぇよな、“信頼”ってのを作りたかったらよぉ。」




…あ。



信頼…。



「人間ってのは、一方通行じゃあ成立出来ねぇんだから。な?」



…あ。


…あ。


…あぁ!



神原さんに言われて、一つの考えが生まれたのだ。


心の中で小さく声が出た。


神原さんは注文票を取った。



「難しく考えないで、…やってけよ!!先はまだまだ長いんだから。」


「神原さん!!!!」


「…ん?」


「キョウが今、どこにいるかわかりますか?」




神原さんはゆっくりと笑ってくれた。



◇◇◇◇



走る。


走る。


白い息を吐いてその煙は横へと流れ続けた。


彩られたコンビニを過ぎ、手を繋ぎ歩く親子を抜かして、路上を走った。


運動は得意じゃないけど、すぐに心臓が乱れたけど、体が待ってくれない。


信じるしかないと神原さんは言った。


優しいキョウは引き換えに自信がないと言っていた。



優しいとは違うが、私も一緒だ。



自信がないと優しくなるのは、誰かに嫌われるのが怖いから…。


自分の好かれる要素がわからないから、離れていかれたくないから、相手を傷つけるのを恐れる。



何を言われようと、逆に文句を言って相手の機嫌を損ねたら…そう思って我慢した今までの私は疲れて、交友関係を切ってきた。



ねぇ、キョウ。


私もイジメられて、あなたもイジメられて、それから長い時間がたったけど、立ち直ったフリして、私は周りを諦め、あなたは自分を諦めてしまったね。



その共感やその対極のおかげで、二人ここまで歩いてきたけど、その対極でまた離れようとしている。


私は久しぶりに周りから認めてもらいたいと…

キョウに大事にされたいと願い始めた。



もしかして、キョウも久しぶりに周りを気にせず、自分の気持ちを考えたのかな?



『珠恵子さん…好きです。』



ねぇ、信じていいの?



それがキョウの願いって思っていいかな?



私はある一つの考えが浮かんだのだ。


洒落や冗談で悪口や悪戯をされても、


信じることが出来たなら


相手は自分を嫌ってはいないと自信があったら



逆に自分も相手に同じことをしても、きっと笑いあえると自信や信頼をもっていれたら…




ねぇ、そうなるまでどんなに長い道のりだろう…


でも、大切なのはそういう形の結果でなく、そういう関係になりたいという望みだよね?



声が聞きたいとか、会いたいと、キスしたいとか…



私、驚くほどあなたに求める条件が増えていく。




そう、神原さんが笑うようにまるで家族やそれ以上に求めるようなものだけど



キョウじゃなきゃ、こんなに走れない。




『走り続ける毎日に忘れ物はありませんか?』


『あなたはまだ走れるはず。』


『不安なのは、やり残した証。涙が出るのは、まだやれる証。』



キョウと過ごしたい毎日に、やりたいことがたくさんある。


一人じゃ、とても出来ないこと。


『一方通行』じゃ意味ないんだ。


だから一人で考えたって無駄なのだ。


キョウに今すぐ会いにいきたい。



見慣れた通り。


いつかの自動販売機を過ぎた。


階段を下り、河原に出る。



夕暮れにはまだ早い昼時。


遠くに見える河川敷の鉄橋。


その下に黒いジャージの細い体が…広い背中が、そこにいた。


自分を信じ


キョウを信じ


キョウにも

私を信じてほしい。




『その先に大事な人が笑顔であなたを待っています』




だから泣きたいくらいにその背中に向かって叫んでやった。




「キョウオォー!!!!」

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