episode14~信頼~

episode14 前編~関係~

今日はクリスマスイヴ。



寒くて仕方ない。



明日でキョウと会わなくなってちょうど2週間。


そんな細かいカウントをしてる自分が気持ち悪い。


でもその気持ちを無視することが出来ないまま、今日まできた。



メールも電話も全くない。


今までいかに、キョウからのマメな連絡に甘えていたかを痛感した。


贅沢を当たり前に感じて、何にも思わなかったんだと。


かといって私から連絡する勇気がまだ出ない。



今日は家族も朝から家にいるので、早くに出掛けた。


一人になりたいだけで、行く宛もなくブラブラと…。



イヴとはいえ、時間帯は昼前だからかムードはまだ整えられていない状態の駅周辺。


でも抑えきれない胸のざわつきは確かにある。



宛がない時はいつも、河川敷へ向かうが、足は全くの逆方向に歩いている。


無意識の内にキョウを避けている。


何もせず、一丁前に願望だけを強く持っている私は、傷付くのを恐れて、行動も起こさず、むしろ避けている。



それらしい言い訳を並べて、弱虫の自分に目を背けた。




「…えこ……ちゃん!!」



こんなつまらない自分のことを必要とする人なんて…一生現れないんだろうな…



「珠恵子ちゃん!!?」



ハッと我に返った。



すっかり駅から離れたところにいた。


見たことのない場所でビル、お店、マンションに囲まれた路上だった。


そしてそこで声を掛けたのは



「…神原さん?」



厳ついわりに人懐っこい笑顔で「よっ!!」と片手を挙げて挨拶された。



一瞬キョウを脳裏にかすめて、どう対応したらよいか迷ったけど、無視をするわけにもいかず頭を下げた。



「珠恵子ちゃん、お昼食べた?」


「い…いえ、まだ。」


「よしよし!!行こう!!!」


「え?えぇ?」



―――



「ほいほい!!気にせず好きなん頼んで!!俺のおごりだから!!」


「…はい」



いつの間にか近くのファミレスに入っていた。


神原さんは基本、強引の人だ。


キョウなら多分、私の意見を聞いて待ってくれるのにな…。


キョウなら


きっと


そんな下らないことを考えながらメニューを見た。


メニューを決めたら、すぐにウェイトレスを呼んで注文を通した。



「…で何?恭一に会いにきたの?」


「え?」



ウェイトレスが戻っていったあと、神原さんがそう切り出すから、思わず顔を上げた。


よく知りもしない人と二人になるのは苦手で俯いていたけど、何も考えずその人の目を見た。



「いや…一応俺、知ってるから。」


「…何を…」


「試合後のあのこと…。恭一から聞いた。」


「…」



喉が渇いた。


キョウが神原さんに話す様子を想像した。


キョウの顔を想像しただけで胸が苦しくなった。



「恭一の様子が変で、最初は何があったんだ?って聞いても、頑なに『何でもないです!!』とか言ってたけど、最近になってやっと話したんだよ。」



神原さんの手がお冷やをイジって、中の氷がカランと鳴った。



「…アイツも色々しんどかったみたいだ。」



キョウもしんどかった?



「それで、珠恵子ちゃんはキョウに会いにきてくれたんじゃないの?」


「いえ…私はそんなつもりは。」


「え…?じゃあなんでウチのジムの近くにいたの?」


「……え?」


「…えっ?」


「キョウのジムが…ですか?」


「知らなかったの?」


「…はい。」


「あぁ、なんだ。たまたまあそこにいたのか…」



知らなかった。


あそこらへんでキョウは通ってるんだ。


私はキョウのたくさんを知らない。


頼んだメニューが目の前に並ばれた。


口につける前に神原さんの方を見て聞いてみた。



「キョウは…元気にしてますか?」


「あぁ…まぁ、とりあえず生きてるよ。」



神原さんってキョウのトレーナーさんなわけだよね…。


キョウはあのことも神原さんに喋ったわけだし、信頼してんだろうな。



「神原さんとキョウって、どれくらいの付き合いなんですか?」


「ん~?どんくらいだっけな…。あいつが高校に入るか入らないかの時だから…まぁわりと長い?」


「そうなんですか…」



私なんて2ヶ月ちょっとだ…。


なのにもう終わろうとしている。


こっちから聞いといて生返事になってしまった私なんて気にしない様子で神原はフッと笑った。



「珠恵子ちゃんはあいつといててイライラしない?」


「……え?」



―ゾクッ…―と嫌な胸騒ぎがした。



「気ぃ弱いし、はっきりしないし~。」


「…はぁ…。」


「まぁ、あんなイジり甲斐ある奴もいないけど!!」




ドッドッドッドッ…



心臓が嫌な鳴り方を始めた。



「あ…あの…」


「…ん?」


「キョウのボクシング始めたキッカケって…神原さんも知ってますか?」


「あぁ…イジメってやつ?」


「…はい。」


「知ってる、知ってる!!…まぁ、わかる気はするよな~…」



うっすらと油汗を浮かぶ。


この人はきっとイジメを受けた事がない人間だ。


ドクンッ


ドクンッ


だから言葉の微妙なニュアンスに心臓が乱れた。



「だって、あいつ…」





ガタン!!!!!





立ち上がった。



足がテーブルに当たって、食べ物が乗ってる皿たちが音を立てた。


目の前の神原さんも驚いているが、周りの客も驚いていて私を注目している。



アホだと思われるだろうが、立ち上がった私自身もビックリしてしまった。



だから我に返った時に、どうしたらいいのかわからず、固まってしまった。



周りも一緒になって固まっている。



「あ…いや…えと…」



何かを喋らなくてはと思うが何も思い付かず余計にパニックに陥る。



「…くっくっ……ウプププ…」



プププ!!??


神原さんが笑ったのだ。



「ははは!!!ごめんごめん!!とりあえず座りなよ?」



なんで笑ってるの?


なんだか感じが悪いとも思ったが、今はその通りにするのが賢明だと思い、黙って座った。



「クスクス…どうしたの?君は面白いなぁ!!」


「…いえ、別に。神原さんは…」


「ん?」


「…神原さんは………キョウのことが嫌いなんですか?」



我に返った今でも心臓は嫌な音を続かせた。



「…別に本気で嫌っちゃいねぇよ。洒落だよ、洒落!!」


「わ…私には…そのシャレ……面白くないです」


「…?」


「…いえ。なんというか…キョウもわかってるわけですよね…?それは洒落だって…。」



洒落とか冗談に交えても、悪口は悪口だと感じてしまう。


言われているのが自分でなくても、潰されるような苦しい気持ちになった。


そうした冗談がエスカレートしていた過去の交友を思い出す。


冬場なのに嫌な汗もかく。



「洒落っていうか…まぁ半ば本気かな?」


「…え?」


「ダメのとこはダメだから。」


「…」


「人間なんだからそういうのあって当たり前だろ?」


「だ…だからって…」


「もちろん、あいつの良いところもちゃんと知ってるよ?」


「……知っ…?」


「アイツは優しい。優しいっつっても色んな優しいってのがあるけど、アイツの場合は…なんつーの?待ってられるっていうか…器がでかい。」


「…器?」


「恭一ってわけわかんないとこで短気だけど…自分の思い通りにいかなくても、受け入れていくというか……物事でもだし、相手の悪いとことかも責めず、その人とゆっくり付き合っていけんだよな…」




……あ


そのキョウなら


私も知っている。



「まぁ良く言やあ、そうなんだけど。悪く言やあ自分に関して大事に出来ない?」



神原さんは窓を眺めて、溜め息をついた。



「…だから、イジメられんだよ。」


「え?」


「自分のこと過小評価しすぎの結果だ。アイツの優しさと自信のなさは紙一重だ。アイツは優しいからイジメられたんだ…」


「……それは…」


「…お?」


「イジメられたのは、キョウのせい…って言いたいんですか?」



神原さんはやさしく笑った。



「まっ食べな。冷めないうちに。」


「えっ、はっ…い…いただきます。」


「君は"キョウ"といてイライラしないんだね?」



食を口につけた時に話の続きをされて、返事が出来るわけがなく黙っていた。



「よかったら、もう一度、恭一に会ってやってくれねぇ?」


「…」


「ダメか?恭一がやっぱり嫌いか?」


「…そんな!!!」



嫌いだなんて!!!



勢い良く言ってみたものの、どう続けたらいいのかまたわからなくなった。



「……私は…キョウが嫌なんじゃなくて…怖いんです。」


「…怖い?」


「嫌がってるのは…私じゃなくて、きっとキョウの方です。」


「……?」



フォークを置き、一呼吸置いた。



「例えば…、このままファミレスを出た後、私と神原さんで体の関係を作ろうと思えば、作れなくもないですよね?」


「…珠恵子ちゃん…なかなか直球だね…」


「もちろん神原さんが嫌なら無理ですけど…」


「……まー、えーっと、うん、ハハハ」


「キョウとは…なりたくないんです。そういう関係に」


「そういう?」


「体の関係は言葉がなくても成立しそうで…あ…それって凄いことや大事なことでもあるんでしょうけど…逆に心も関係なく置いていけそうで…うまく言えないんですけど…」


「…」


「キョウは私にとって大事な人だから…そんな安い関係には…なりたくないんです。」


「…」


「なんていうか…えっと、よくわからなくて…怖いんです。私はキョウが望む関係には……なれないから、キョウは私の…」



自分で言いたいことがまとまらないまま喋っていたら、ふと神原さんの顔を見て、気付いた。


え?

笑ってる?


神原さんがまた笑ってる!!!!???



呆然と見ていたら神原さんも私の視線に気付いたみたいで、咳払いをした。



「んんん!!!ごめんね?何?キョウは君に手ぇ出したってこと?」




ん?



何を今さらな質問してるんだろ?


キョウから聞いたんじゃ…


あまりにもポカンとしたせいか顔に書いてしまったみたいだ。


神原さんが「あぁ!!」と気付いた。



「ごめんごめん!!恭一から聞いたとか嘘!!かまかけ?」


「…え!!??」

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