episode8~我慢~
episode8~我慢~
会長の提案で試合まで特別メニューをこなすことになった。
短期間だけ先輩ボクサーが見てくれることにもなった。
だからいつもみたいに珠恵子さんと会えなくなった。
―…が正直助かった…と思ってしまった。
俺の暴走の結果、珠恵子さんに拒否られてしまったし、ゆっくりしてこうにも“好き”と自覚した今、自分を抑えられる自信がない。
そのくせにビビってまだ好きが言えない。
自分を落ち着かせる時間が欲しかった。
元々モノグサな珠恵子さんなら鉄橋下に来れないと知ると会わないだろうし(しかし珠恵子さんは何故か怒っていた。)
ともかく親密になることに対して複雑な難有りを抱えていると知った今は、二人のこれからをより慎重にしていきたいと思った。
だからメールも1日1回と決めた。
それ以上が珠恵子さん的に有りか無しかもわからないし、俺がもっとメールをしたくなると思ったからだ。
しかしこんな時に限って、珠恵子さんからの返信がマメだから俺の決心はすぐに揺らいだ。
しばらくたって結局電話をしてしまった。
慎重にしようなんて、我慢していた
それだけ嬉しかった。
彼女の方から「会いたい」と言われた時には無言でガッツポーズをとるというアホなことをしてしまったほどだ。
もうすぐあなたと逢って2ヶ月がたとうしている冬…。
過ぎ去る様に慌ただしい2ヶ月だったが、珠恵子さんと過ごすにはまだまだ足りないようにも感じる。
だがそんなに欲深になってはいけない。
慎重に…
我慢だ!!俺!!
「あ!」
ジムの練習途中にも関わらず、思わず声を出してしまった。
今日がその丁度出会って2ヶ月目であることを思い出したのだ。
今日は夜遅くまでジムにいるから会えないけど、電話をしようと思った。
どうせ珠恵子さんはそんなカウントなんてしていないだろうし。
そう思うとまた自分だけ盛り上がってるみたいで虚しくなり溜め息をついたら、後ろから頭を叩かれた。
「なんだ!!てめぇ!!一人で声あげたと思ったら、一喜一憂に百面相して勝手に溜め息ついて!!気味悪りぃよ!!」
「神原さん…。」
試合までの間、トレーナーとして付いてくれているジムの先輩だ。
腰を痛めていて今年は試合に出ないが、凄く強いボクサーだ。
「もう今週試合なんだぞ!!気合いれろ!!気合!!」
「すみません!!!」
「…なんか不安があんなら言えよ!!本番前に俺が解決してやる!!!」
「いえ!!神原さんにずっとトレーニング付き合ってくれているだけで自分嬉しいっす!!」
「~ったく、相変わらず腰の低いボクサーだな、てめぇは。いいよ!!とりあえず30分休憩。」
「あざす!!」
水を補給してさっそくスマホを取り出した。
彼女はすぐに出てくれるだろうか。
「もしもし!!」
『…もしもし。』
「今ちょっと休憩中なんで電話しました!!」
『ふふ、もうすぐ試合なのに。余裕ですね~清水選手?』
声を聞くだけで、さっきまでのトレーニングの疲れが抜けていきそうだ。
「ところで今日なんの日かわかります?」
『…冬至?』
「…だいぶ先ですね。」
『ベタにキョウの誕生日とか?』
「俺、3月です!!ついでに覚えといてください!!」
『…わかった。』
「珠恵子さんはいつですか?」
『…7月。』
―…しばらく話して電話を切った。
案の定、珠恵子さんは2ヶ月なんて気にしてないし、話が脱線して気付いてもらうこともなかった。
もし付き合ってたら、堂々と付き合って○ヶ月記念とか言えんのかな…
「なんだよ…新米ボクサーが一丁前に女かぁ?」
知らない間に近くに来ていた神原さんに耳元で言われてゾッとした。
「か…んばらさん!!!悪戯しないでくださいよ!!!」
「…で可愛いの?美人?巨乳?」
「……俺、神原さんには絶対紹介したくないです。」
「つっめてぇな~。聞いただけじゃん。そもそもおめぇに女なんて生意気なんだよ!!マセ餓鬼が!!」
「…大体、彼女とはまだそんな関係じゃないですから。」
「…ははぁ~ん。さてはビビってまともに“好き”も言えたことがないんだな?」
「…」
「だからてめぇにゃ早いっつってんだ!!!!」
「…う~…かんばらさぁ~ん!!!」
「ちょ!!ばか!!そんな泣きそうになんなよ!!悪かったって!!!もうてめぇも立派なボクサーなら“あれ”しかねぇだろ!!」
「…“あれ”?」
「リングから観客掻き分けて『エイドリアーン!!!』って!!」
「…なんすか?それ。」
「なッッ!!??ばっきゃろー!!てめぇもボクサーなら見ろよ!!【ロッキー】!!」
「映画っすか?」
「おぅ!!とりあえず試合に勝ったら告れってこった!!」
「…勝ったら?」
「そぉ!励みにもなって一石二鳥だ!!さっ!!休憩終わり!!続きやんぞ!!」
「お…押忍!!!」
「ふはっ!!そりゃ柔道か空手だろ?」
勝ったら、告白。
自分の中にそんな小さな賭けをすんのも悪くないと思った。
距離の縮め方を考えた時に告白するなんてまだ先のような気もしていたが、自分の想いだけはハッキリと伝えるべきだと思った。
我慢してる方が体に毒だ。
我慢が越えて暴走すんのも嫌だし、長期戦覚悟だからこそ伝えなくてはいけない気がした。
もし負けたら…
そんな考えは止した。
俺は勝たなくてはならないのだ!!
自分の頬を両手で殴り、「しゃっ!!」と気合を入れた。
「いや~…その子、試合の応援に来んだろ?楽しみだなぁ♪可愛いかったら俺が先に手出そうかな♪♪」
初めて珠恵子さんに試合に来てほしくないと思ったし、初めて神原さんにムカつきを覚えた。
あと
もう少しの
我慢だ!!
俺!!
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